なんとかなる


記憶はそのままに、人格だけがぽとりと抜け落ちてしまったような三成の変化に、大谷は三日経っても尚、困惑し続けていた。

自身のことを「わたし」とやや舌っ足らずに呼び、長文を喋れば時折言葉を噛み、大谷に対しては口調はさほど変わらぬものの手放しの好意を向け、肘を机にぶつけただけで目尻に涙を浮かべ踞る。
朝晩きっちり食事をとり、夜になれば静かに眠り、空を見上げ庭を見下げ「綺麗だなあ」などと口にしては小さく微笑んでみせる。

こんな男は知らないと、大谷は今まさに廊下の角で壁にぶつかり、額を押さえて踞る云年来の友人の背中を見つめていた。

「……形部、何か言いたいことでもあるのか」
「声が震えておるぞ、三成」
「痛えんだから仕方な、…………今のは忘れろ」
「……あい、わかった」

これはどう考えても三成ではない。大谷は今更だが確信を持った。

だがしかし、頭をぶつけるまではいつも通りの三成だった。倒れた三成を拾い、部屋に届け、看病までしてやったのは大谷自身である。
その間、三成と別の誰かが入れ替わる隙などあろうはずがない。
仮になんらかの方法で本物の三成が誘拐され、代わりにこの変な三成が残されたのだとしても、ここまで演技の出来ない人間を寄越すだろうか。
三成らしく振る舞おうという気概はあるようだが、素だろう人格がまったく隠せていない。

「三成」
「なんだ、形部」
「ぬしはまことに、三成か」
「……くだらないことを何度も訊くな」

不機嫌そうに答えつつも、どこか嬉しげな表情に大谷の脳内はますます困惑に染まる。
疑われているのなら焦るはず。なのに焦るどころか、なぜ嬉しそうにする。

「わたしは石田三成。秀吉様の左腕で、後継で、ええとあとあれ、とにかく石田三成です。あ、ですって言っちゃった」
「……われはぬしをこれから先、どう呼べばよいのかわからぬ」
「ちくしょう演技力もっと磨いときゃよかった…!」

もう隠す気もなくなったのか、顔を覆い膝から崩れる友人の姿を目の当たりにし、大谷は頭を鈍器で殴られたかのような気分になった。
こんな三成は三成ではない。三成であるはずがない。
しかしこの三成(偽)からは、敵意や悪意がまったく感じられない。

「もうぐっだぐだなんでとりあえずこれだけ言っときますけど、三成の体ん中にわたしが入ったのは完全に不本意なんで。決戦前くらいには戻るかと思われます。三成の精神も多分無事です。元に戻るまでは一応、三成がやるはずだったことをわたしがやる予定です。そこんとこよろしく」
「……ぬしの名はあるのか」
「聞いても意味は無いでしょう、この体は三成なんすから」

わざとらしく肩をすくめ、困ったように笑う三成の顔を漠然と眺める。
――中身が違えば、こんなにも表情が変わるのか。

大谷は三成(偽)の発言を、何故かすとんと理解し、そして納得し、軽く笑いを漏らした。

三成から漏れた笑い声も、大谷のそれとそっくりだった。


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