無くしもの


勝てるなんて思ってない。だけどこれでいい。
わたしは関ヶ原コンビを背に守るようにして、松永と向かい合う。
この中ではわたしの身体が一番、傷を負っていないんだ。勝てるなんて思ってはいないけれど、勝機はある。

「蜜奈……っ、きさ、ま、」
「ありゃ三成さんお早いお目覚めで。そのまま寝といてくださいな、っと!」

松永に向かって、駆ける。
この人はあまり自分から攻撃をしかけてこない。それならわざわざ攻撃を待ってあの二人を危険に晒すより、自分から突っ込んでいった方がマシだ。
直前で鞘から刀を抜き、脇腹から喉元にかけてを斬りつける。けれどそれは絶妙なタイミングで後方回避した松永によって薄皮一枚切れる程度のダメージで終わらされ、すぐに松永は火薬を撒き、指を慣らそうとした。

素早く身を屈め左方に避け、今度は鞘で松永の後頭部を狙う。
その瞬間に爆発が起きたせいか少し身体の軸が狂って、それは松永の背骨の辺りにぶつかった。
松永の表情が、険しくなる。
わたしは荒々しく息を吐き出して、鞘を投げ捨て、剥き身の刀を両手にしっかりと握り、松永の手を狙った。
右手を深く突き刺し、左手は、親指だけを狙って切り落とす。

「っ、はあ……」

これでもう、指は鳴らせない。刀を持つことも出来ない。

「なるほど、卿はとても良いものを持っているようだ」
「……んなもんどうでもいい。今、この場から引いて、今後一切家康と三成に近寄らないと誓うなら、わたしはあなたの命まで取りはしない。……この時代から消えてください、松永さん」

両手を失って尚、毅然とした様子でわたしを見下げてくる松永に、しっかりと視線を合わせる。
わたしの言葉に背後で三成がなにかを吠えていたけれど、聴かなかったことにした。

「……いいだろう。卿の勇気に敬意を表し、ここは退くとしよう。しかし、」

松永の左手が、わたしの顔に迫る。息をのむ間も、避ける間もなく、それは。

「――蜜奈!!!」
「っう、く、……あ」

一瞬後には、なんか五月蠅いなあと思って。そのすぐ後に激痛が襲った。
うるさいのは自分の叫び声だと、気付いた。
松永の手の中に、ころりと丸い何かがゆるく握られていて、満足げに笑った松永がそのまま、歩き去っていく。
痛い以外考えられないはずなのに、あいつ人体収集の趣味も持ってたっけ、なんて考える余裕がちょっとだけあって、それでもやっぱりそんなことどうでもいいと思えるくらい痛かった。

なにかが、わたしの腕をひく。
痛い痛いと泣き叫ぶわたしは、それに引かれるまま地面に倒れ込んで、それと同時に、なにかに包まれた。
最初は三成かなと思ったけど予想外にもそれは家康で、何が起きたのか、一瞬分からなくなる。

家康の身体の向こうに見えた三成は、大の字で空を仰ぎながら寝そべっていて、なにあいつ喧嘩後の不良みたいになってんの、と少し口を曲げてみせた。
それくらいの余裕はあって、でもやっぱり、痛かった。

「すまない、すまない。ワシのせいだ」

そう言って家康はぼろぼろと大粒の涙を流して、わたしの背をやんわりと抱いた。
なんだこの人、泣けたのか。よかった。そんなことを漠然と考えて、痛いなあと思いながら、どうにかこうにか笑ってみせる。

「貴様は、謝れば済むことだと思って、いるのか?」
「……」

ひひっ、と笑う。
ぼろぼろ泣いたまんま家康は目を丸くして、わたしのからっぽになった右目を撫でて、笑った。

「やはり、喋りづらそうだな」

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