眩暈 三成はふらつく身体を必死に支えながら、歩き続けていた。 この身体は不便でならない。手足は短く、体力もない。空腹感と疲労を訴えてくる脳と身体に叱咤しても、足裏から伝わってくる痛みは歩みを止めようとしている。 今、己がどこにいるのかもわからず、大阪城までどれくらいの時間がかかるのかもわからない。 それでも三成は気力のみで歩き続け、時折木の実や川の水で空腹をごまかしながら、進んだ。 しかし、それを遮る者が現れる。 「よお嬢ちゃん、こんな森ん中歩いて、迷子か?」 「見たこともねえ着物だな、どっかの姫か」 「こりゃ売りさばいたら金になるなァ、着物も、身体も」 嬢ちゃん、と呼びかけられた事で三成は自分を指しているのだとは思わず、山賊と思われる輩を無視しようとした。 が、その中でも体躯の良い男に腕を強く引かれ、三成はあっさり地面へと押し倒される。 そこで漸く、自分が今は女の身体をしているのだと思い出して、大きな舌打ちをこぼしたくなった。 「俺達結構溜まってんだよね〜、売りさばく前にちょっと相手してくれや」 「この、下種が……ッ!」 「いーいねぇ〜、俺、こういう口が悪い女を泣かせるの、大好きなんだよ」 男の手が三成の纏う布にかかるのを、怒りと羞恥が綯い交ぜになった感情で三成は目にする。 が、このままではこの男達のいいようにされてしまう。 それは三成の自尊心が許せる物ではない。しかし女の身体は言うことを聞かず、筋肉を萎縮させ、身を縮ませる事しかできない。太い男の手をふりほどくのは、この細腕では不可能な事に思えた。 「ー…ッ」 「怯えちゃってんの?っはは、可愛いねえ」 着ていた衣服を取り払われ、三成は下着姿の状態で地面に転がされた。 男達だけでなく三成も、見たことのない下着の形に一瞬、呆然とする。 現代で言うブラジャーとパンツを見下げながら、さっきから感じていた胸の締め付けの正体はこれだったのかとどこか冷静に三成は納得しながら、その隙を逃すことはしなかった。 地面に落ちている鋭く尖った木の枝を手に取り、自分の身体を地面に縫い止めていた男の腕に突き刺す。 獣のような叫び声をあげ自分の上から転がり落ちる男の、腰にさしていた刀を一瞬で奪い取り、三成はすぐさま男の首をはねた。 女の反撃に残りの山賊も刀を構えるが、為す術もなく、その命は三成に刈られていく。 手足の短さから動きにくいだろうとは思っていたが、敵の懐に入りやすい小さな身体は存外そうでもなく、三成の周囲で息をしている者はあと一人、というとこまでいくことが出来た。 ただ体力が無いゆえか、三成は激しく肩を上下させ、口で荒い呼吸を繰り返している。 「ひ、ひィっ……化け物、た、助け……っ」 「私は秀吉様ほど寛大ではない……諦めろ」 最後の一人も呆気なく息絶え、三成は血溜まりとなったその場に崩れるようにしてしゃがみ込む。 呼吸はなかなかに整わず、全身を流れる汗が止まる気配もない。そして何故か止まらない手の震えが、三成を苛立たせた。 暫く経ち、三成は血と泥に塗れた下着を脱ぎ捨て、男達が着ていた中でも最も損傷が少ない着物を奪い取り、纏い、細長く破った布で留めた。 長く鬱陶しい髪は切ろうとも考えたが、なんとなく止め、男達が持っていた髪紐を使いひとつに纏めることにする。 そして鞘におさめた刀を手に、三成は再び歩き出した。 幸いにも山賊が簡易的な地図を持っていたため、自分が今どこにいるのか、どの方角へ向かえばいいのかは理解できた。 その後も三成は何度も賊に襲われ、その全てを斬り捨て、歩み続ける。 道中、石田軍がどこそこと同盟を組んだだの、どこそこの戦に勝っただのという噂を耳にし、やはり自分の身体の中には見知らぬ魂が入り込んでいたのだと知った。 名も知らぬ人間への怒りを燃やし、それだけを力に大阪城へと進む。 ロクな金も食料もなく、すぐに疲れちょっとしたことで体調を崩す脆い身体での旅は容易なものではなかった。三成の精神力が無ければ、とっくに野垂れ死んでいただろう。 そうして、三成はようやく大阪城へと辿り着いた。 自分こそが本物の石田三成なのだと、私の名を騙る偽物をここへ呼べと、もはや夢うつつのような状態で叫ぶ。 暫くして肩で息をしながら現れた懐かしさすら感じる自分の姿に、めまいがした。 |