立ち上がる


――目を覚ました三成は、何故自分が倒れているのか、頭上を木々が覆っているのかが、すぐには理解出来なかった。

自分は大阪城内にいたはずだ。なのに何故、こんな山奥に。
気が急いていた所為で城門に頭をぶつけたのは覚えているが、自分の頭にそんな痛みは無い。
と、頭に触れた手がどうにも小さく思える事に三成は疑問を抱き、自身の掌をしげしげと眺めてみた。
小さな手はどこか柔らかさをもち、桜貝のような爪はつやつやと輝いている。
更に見下げてみれば見たこともない、ひらひらとした布を身に纏った己の身体は、胸に膨らみがあり、柔らかそうな足を惜しげもなく晒し、腰の辺りまで伸びた艶のある黒髪が時折頬や首筋をくすぐっている。

「、な、なんだこれは」

三成は自分らしからぬ声が声帯を震わせた事に、動揺を隠せなかった。
慌てて立ち上がり、歩きにくくて仕方ない草履だか下駄だかもわからない履き物を脱ぎ捨て、走り出す。
すぐそばに見えていた水場へと辿り着いた三成はその水面に己の顔を映し、絶望の淵へと落とされた。

金と緑が入り交じったような瞳には覚えがある。
だが、くるんと震えるぱっちりとした目も、怯えるように下げられた眉も、触ればきっと柔らかいであろう厚い唇も、ほんの少し焼けた血色の良い肌も、三成にはまったく覚えの無いものだった。
さらさらとした黒髪が腕にまとわりつくのを鬱陶しいと払いのけ、三成は水場の片隅にへたり込む。

何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
自分が石田三成であることも、今まで過ごしてきた記憶も、怒りも、全て覚えている。
しかし、何故自分の身体が見たこともない女の身体になっているのか、何故こんな山奥で倒れていたのかは、三成には見当も付かなかった。
こんな姿になってしまっては、誰も自分が石田三成だとは気付くまい。
長年共に過ごしてきた大谷も、左近も、自分が打ち倒すべき相手である徳川家康でさえ、わからないだろう。

「こんな姿では、秀吉様に、許可を賜ることも出来ない」

そう漏らした瞬間に、三成の双眸から涙があふれだした。
ぎょっとして止めようとするも涙腺は言うことを聞かず、ぼろぼろと零れ続ける涙は自分の手の平を、纏っている衣を濡らしていく。

「秀吉っ、様ぁ……っ!」

こんな涙を流したのはいつぶりだろうかと脳内でうっすら、三成は考えた。
自分が幼子のように泣き崩れる姿など、記憶の片隅にすら残っていない。
そのまま暫く三成は泣き続け、目元が赤く染まり、喉の奥が痛くなってきた頃、はたと気が付いた。

もし、今の自分に降りかかった出来事のように、石田三成の身体にも見知らぬ誰かの魂が入り込んでいたら。

そう考えた瞬間、三成は瞼の奥がカッと燃え盛るような怒りを覚えた。
自分の身がいくら貶められようとどうでもいい。しかし、三成の身体に入り込んだ何者かによって、豊臣の名が貶められたら。秀吉様の城が汚されたら。
それはあってはならない、起こってはならない、予想だった。

「秀吉様……変わり果てた私に、どうか貴方の為生き続ける、御許可を……!」

三成は静かに立ち上がる。
万が一にも起きてはいけない想像を、確認するため。石田三成の身体は眠り続けているのか、それとも動いているのかを知るため。
動いているとしたら、その身体の中に入っている名も知らぬ者を、誅戮するために。

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