わたしの名前


大谷さん、左近と一緒に、わたしの身体に入った三成が目を覚ますのを待つ。
布団の中で険しい顔をしたまま眠り続ける三成の顔色は、また悪くなっていた。ロクに食べてないんだから仕方ないかもしれない。
左近はそわそわと三成の顔を覗き込んではこっちを見て、ホントにこれが三成様なんすか?ともう何度目かもわからない質問を投げかけてくる。そうだっつの。

「、……っう、」

小さなうめき声を漏らし、ゆるゆると三成が目を開けた。
その瞳を覗き込んだ左近が「うわマジで三成様と同じ色」となんとも言えない溜息混じりの言葉を吐き出す。
三成は何度か瞬きをし、頭上で自分を見つめている大谷さんと左近を視認したのか、ばっと勢いよく半身を持ち上げた。しかしすぐにぐらつく身体を、慌てて左近が支える。

「刑部、左近……なぜ、」
「うっわ、その言い方に表情、完全に三成様じゃないっすか!うわあ三成様俺めっちゃ捜したんですよー!」
「うぐっ、」
「左近、絞まってる絞まってる」

うわあんなんて泣き声をあげながら三成(ただし身体はわたし)に抱き付く左近は、加減をしらないのか三成の顔が真っ青になるのも気にせずぎゅうぎゅうと首を絞めている。
わたしの身体を殺す気かあいつ。やめたげてよ。

「落ち着きやれ、左近。…三成よ、大丈夫か」
「っあ、すみません三成様!」
「……なぜ、私を三成と呼ぶ」

気管を通った空気に咽せたのか数回咳き込み、三成はわたしをじろりと睨め付けながら大谷さんと左近へと問いかけた。

布団の上で半身を起こしている三成、を囲むように両脇に座っている大谷さんと左近。
わたしは数歩分のスペースをあけた三成の正面で正座をし、握りしめた拳は太ももの上にのせ、じっと現状を見つめていた。

「ぬしとアレが入れ替わったのはとうに知っておるゆえ。左近も必死にぬしの魂を捜しておったのだ。なァ、左近」
「はい!こっちの三成様も三成様の振りを頑張ってしてくれてましたが、俺の主は三成様だけっすから」
「……しかし三成三成とややこしいことこの上ないなァ。ぬし、身体があるのなら名前もあるのであろ。そろそろ教えやれ」
「名前……ですか」

確かにややこしいとはわたしも思ったけれど、今更わたしの名前に何の意味があるんだろう。
意味なんか無い。そうわかってはいても大谷さんの言葉に逆らう気はなく、わたしは三人から目を逸らすようにして小さく呟いた。
身体が三成になっても、周囲に三成と呼ばれようと忘れられるはずのない、わたしの名前。

「……蜜奈。それがわたしの名前です」

横目で三成を盗み見る。
三成は未だに怒り冷めやらぬ鋭い視線でわたしを射抜いていた。
だけど。

友である大谷さんと、部下である左近に囲まれる三成。
対して一人、震えまいと必死に自分を諫めているわたし。
どっちが本物の三成かなんて、誰の目にも明らかだった。わたしが偽物で、本物は三成。

その現状に、わたしは妙な寂しさを感じつつも安心した。

「ではぬしを蜜奈、三成は三成と呼ぶが、それでよいな?」
「もちろんです」

久方ぶりに呼ばれる自分の名前にどこかこそばゆい気持ちになりながら、頷く。
大谷さんはそんなわたしから三成へと視線を戻し、口を開いた。

「して三成よ。ぬしは今までどうしておったのだ。どうやってここまで辿り着いた」
「それより刑部、なぜあれを受け入れた!私でないとわかっていながら、何故嘘を吐き続けた!」

あんなん本物の三成じゃないんだから斬り捨てちゃえば良かったのに!的な事を半ば叫ぶように吐き捨てて、三成は顔を怒りで真っ赤にしながらわたしを睨む。
……うん、わたしを斬り捨てたら君の身体が死ぬんだよ?そこんとこ理解してる?

「……三成。あれは紛う事なくぬしの身体よ。それを斬り捨てればぬしは永劫その身体から抜けられなくなると思うが……それで良いのか」
「良いわけがあるか!だがアレは、あいつは、私の身体を奪い私を騙り、豊臣の名を貶めた罪人だッ」
「三成……、」

何とも言えない表情を浮かべた大谷さんが、小さな溜息を吐く。

わたしだって奪いたくてこの身体を奪ったわけじゃない。三成の名を騙りたかったわけじゃない。豊臣の名を貶めた云々に関しては知らんがな。そんなことしたつもりないよ。
……いやいつぞやかの蹴鞠しようぜー!や魚くださいやエールボー!はちょっとアレだったかもしんないけど。それに関してはほんとすみません。
でも、そんなん三成に言っても意味なんか無いだろう。
三成の身体にわたしが入り込んで、三成を追い出して、三成の名を騙りながらこの数ヶ月を生きてきたのは事実なのだし。
だからわたしは黙って、三成の怒りを受け止めていた。泣きたいけど、この身体は簡単に涙を流させてはくれない。

ぼろぼろと滝のような涙を流す三成は、わたしの身体は、そうでもないらしいけど。
嗚咽混じりの恨み言を吐き連ねる三成に、左近と大谷さんが僅かに動揺している。ごめんね、わたしの身体、泣き虫なんですよ。

「兎も角、話してはくれぬか三成。われはぬしに何が起きたのかを知りたいのだ。城門に頭をぶつけたのは、覚えておるか?」
「……ああ。その直後、目を覚ました私は、森の中にいた」

ぽつりぽつり、涙を拭いながら三成が話し始める。
わたしの身体に入ってから、彼に何があったのか。

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