巡り会う


久方ぶりの大阪城でゆっくり、やりたくもない政務をしていたとき。
割と慌ててるらしい大谷さんが三成の部屋へとやってきて、苦々しい顔を隠そうともせずわたしにひとつの言葉を向けた。

「徳川と伊達が手を組んだ」
「へえ、そうなんですか」

手元の紙や筆を見下ろしたままあっさりと返すわたしに、大谷さんは呆れたような息を漏らす。

「ぬしには分からぬやもしれぬが、伊達の軍には油断が出来ぬ。北条も東軍につき、雑賀衆も徳川方。われらの軍から裏切り者が出る可能性もある」
「ああ、長曾我部とか鶴姫とかね」
「……ぬしは、」
「まあ大丈夫なんじゃないんですか?幸いにも以前会った時に鶴姫はわたしを気に入ってくれたようですし、長曾我部もあんたをほっといてたら危ねえってアニキ面発揮してるし。それに軍としての強さなら毛利軍と真田軍もいて、豊臣軍であるわたし達もいるんですから伊達軍に引けを取ることは無いでしょう」

三成となって既に数ヶ月が経ち、ずいぶんこなれてしまった政務を淡々と終えながらの言葉。
これは無理、こっちはこうすればいい、それはこうしろと指示を書いたり、許可をしたり、判を押したり。ただ確認するだけの物もある。
三成としての仕事が板に付いてきた自覚はあるけれど、それでもやっぱり元に戻りたいという気持ちは捨て切れていなかった。……少しずつ、諦めてはいるけれど。

「……真の三成であれば上手く行かなかったであろう事も、今は上手く進んでおる。それを良しとしていいのかわれにはもうわからぬが、……ぬしはこの先も、三成として生きるつもりか?」

静かだけどなんとも言えない心情を含んだ大谷さんの声音に、筆を止めた。
いったん筆を置き、大谷さんの方へ身体を向ける。

「大谷さん、わたしが初めて三成になった日を覚えていますか」
「あのような衝撃、忘れられるはずもなかろ」
「……あの時はただなんとなく、バレたらめんどいだろうからって理由でわたしは三成の振りをしました。だけど、まあわたしに演技力が無かったってのもあるだろうけど、大谷さんはすぐに三成が三成じゃないと気付いてくれましたよね」

ふわりと微笑む。
三成は怒った顔ばかりをするから、三成になってすぐの時は表情筋ひとつ動かすのにも苦労したものだ。眉間の皺とれないし。

「わたしは三成と一緒にいる大谷さんが、それに気付いてくれたことが本当に嬉しかったんです。三成の表層だけでない、ちゃんと中身を見てくれる人がこの人にはいるのだと、それを知ることが出来て嬉しかった」
「、……」
「だからわたしは三成として生きていこうと決めました。だけどそれはずっとじゃなくて、本当の三成に戻れるまでの話です。わたしが入っている三成は、三成じゃない。そんないびつな状態で東軍に勝っても、誰も喜ばない」

今でも左近は、諦める事なく三成を捜し続けている。
もう無理だと、三成はいないのだと諦めることをせず、必死に。身体は違えど三成の精神こそが、左近の主である三成だから。

そんな左近に、大谷さんに、石田軍の人たちに。
わたしは早く三成を返してあげたい。

「……暗い話は終わりです!わたしまだ政務が残ってるんで、」

大谷さんも今はゆっくり休んでください、と続けようとした瞬間だった。

「っ失礼致します!」

大きな声を張り上げ勢いよく三成の部屋の扉を開けたのは、城仕えの兵だった。
これでわたしがほんとの三成だったら多分、君めっちゃ怒られてるぞ?と思いながら表情を厳しくし、「何事だ」と静かに返す。
兵の口から飛び出た言葉はあまりにも予想外で、でもわたしはずっとそれを待ち続けていた気もして、でもやっぱりそうであって欲しくはなかったような、とても複雑な気持ちになった。

「――城門に、自分こそが石田三成だと叫ぶ娘が――」

わたしは兵の言葉を最後まで聞かなかった。聞けなかった。
気が付いたら立ち上がっていて、大谷さんの横をすり抜け、兵を突き飛ばし、走り出していた。
三成の身体なんだからこんくらいの距離、走ったって疲れるはずがないのに、心臓がどくどくと早すぎる脈動を打っていて、息が上がる。
足がもつれそうになって、喉の奥が乾いて痛くって、それでもわたしは走るのをやめなかった。

ようやく辿り着いた城門には、兵に押さえつけられて尚暴れる、髪の長い女子がいた。
ぼろきれのような着物は破れたのか、膝上辺りまでの長さしかなく、それを留めている帯も帯というよりは布きれと言った方が納得できそうだった。
申し訳程度に履いている下駄だか草履だかはぼろぼろで、足も傷だらけで、何日も風呂に入っていないんだろう、髪の毛にはべったりとあちこちに泥や、……多分血もついている。
けれどその瞳だけは金と緑の混ざったような複雑な輝きを灯していて、息を切らしながら現れたわたしを、今にも殺してやると言わんばかりの勢いで睨み付けていた。

「三成様、この娘がっ…うわ!」
「貴様ァ!貴様が!!私に成り代わり、秀吉様の城を汚したのか!!私をこんな女の中に閉じこめ、屈辱を味あわせ、私に取って代わり何をするつもりだ!許さない、幾度、幾度でも殺してやる!!」

暴れる彼女は、もうきっと、何日もご飯を食べていないんだろう。兵の腕から抜け出すことも出来ず、気力……怒りと恨みだけで動いている。
けれどさすがと言うべきか、兵の不意をついて拘束から抜け出した彼女は何も持たない手を真っ直ぐにわたしへ向け、殴りかかってきた。

強く強く殴られたが、痛くない。
三成の身体と、一般的な世界で生きてきた女の身体だ。力の差は歴然だった。

遅れてやってきた大谷さんが、見知らぬ女に殴られ続けているわたしを呆然と眺めている。
兵たちも割って入るタイミングを逃したのか、顔面蒼白で立ち竦んでいた。
わたしは、目に深い隈を作り、肌は荒れまくりの傷だらけで、尚わたしへの攻撃を止めない女を見下げ、肩の力を抜く。

「ノーパンで暴れんのはマジやめて」

とりあえずずっと言いたくて仕方なかった言葉を吐き捨て、女の身体を担ぎ上げる。
彼女はまだじたばたと暴れていたけれどもう出せる力も底を尽きたのか、わたしの背中を何度も叩くだけに留めていた。

「許さないッ、許さない……!私が貴様を殺してやる、必ずッ」
「……貴様ら」

城内へと戻りながら、ちらと立ち竦んだままの兵へ視線を向ける。

「この女のことは他言無用だ。話せばその首、即座に胴と斬り離す」
「っ、は、はっ!」
「それと、左近を呼び戻せ。そう遠くには行っていないはずだ」
「はっ!」

俵担ぎにされている女は、これ以上ない程の恨みを募らせた目線をわたしに寄越す。
そこで初めてわたしは深い溜息をつき、自分が思いの外落ち着いていることに安堵した。

――わたしの身体、こんな表情も出来たんだな。

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