美味しい


暫く経って、金吾はどどんとどでかい鍋を抱え部屋に戻ってきた。
鍋から溢れんばかりの食材(マジでまるごとである)を目に、あ、これ食べるの疲れそうだな?と心の中で顔を顰める。
が、漂ってくる匂いはとても美味しそうなものだ。おいしい匂いがする。すんすん。
女中さんが用意してくれた取り皿や箸を前に、いただきますと手を合わせ、金吾が箸をつけた後にわたしも鍋へ箸を伸ばした。

「……うっま、」

もぐ、と咀嚼した大根からしみ出てくる出汁の味に、思わず素に戻って呟いてしまう。
金吾はおっかなびっくり、そんなわたしを見つめていて、けれどそんなの気にもしていられずにわたしは葉物にも箸を向けた。
適度に染みこんだ出汁が口の中を満たしていく感覚。ほかほかで、胃を包み込むようなあたたかさ。これぞ鍋!って感じだ。うめえ…やべえ……。
おばあちゃんの作ったみぞれ鍋が食べたい……。

「この野菜は美味いな……」
「っえ、あ、わかる!?それね、小十郎さんの畑でとれたお野菜なんだ!」
「ぶっふ、」

つい吹き出しそうになったのをギリギリのところで耐え、口内に残るにんじんを飲み込む。
小十郎なにしてんの。金吾今んとこ西軍やぞ。もしかして金吾くん食材求めて全国行脚した後なんです?

「やっぱり小十郎さんの野菜は最高だよね!」
「ふむ……しかし、前田の嫁が作る飯も譲れないだろう」

食べたことないけど。

でもまつが作る料理は一度でいいから食べてみたいな〜、でも前田に行く予定今んとこ無いんだよね。最上がまつ拉致ってくれたら速攻助けに行くんだけど。
そしてお礼にたくさんの料理を振る舞ってもらいたい。

「それってまつさんの事!?うわあ、三成くん知ってるんだ〜!まつさんの料理って本当に美味しいんだよ!」
「それは食べてみたいものだな」
「うん!僕もまた食べに行きたいなー…。ねえねえ、今度一緒に鍋の具材をさがす旅に出ない!?僕、今の三成くんとならすっごく仲良くなれる気がするよ」
「ふむ、悪くない話だ。豊臣の勝利を最高の食材を揃えた貴様の鍋で祝せば、秀吉様と半兵衛様もきっと喜んでくださるだろう」

多分あの世ですっごい生ぬるい表情になってると思うけど。

金吾はきゃっきゃと、出会ってすぐの頃とは一転、楽しそうに鍋をつついている。
わたしももぐもぐと具材を胃に詰め込みながら、鍋には鶏肉や魚肉を団子にしたものを入れると美味しいとか、魚をすり潰して山芋とすり混ぜ成形し茹であげたもの(いわゆるはんぺんである)を入れると美味しいとか、豆腐を油で揚げたものも美味しいとか、そんな現代知識を思いつく限りあげていた。
金吾はあの三成がそんな知識を持っているとは思わなかったのか、目をきらきらさせて「なにそれ美味しそう!!」と紙にメモをとっている。
……はんぺんって江戸時代にそんな感じの名前の人が創ったからはんぺんなのに、これでははんぺんがきんごとかみつなりって名前になってしまうかもしれない。
まあバサラ世界だからいいいか。……いいのか?

「あ、ね、ねえ三成くん。その、もう僕をぶったり……しない?」
「それは貴様次第だ。……が、わたしは共に鍋を食した者を痛めつけるつもりは無い。刑部や毛利は知らないが……まあ、貴様が今度みぞれ鍋を作ると言うのなら、助けてやろう」
「……うん、じゃあ僕、家康さんに返事を書くよ」

――僕は西軍の、小早川秀秋です、って。

その言葉にうっかり目を丸くしてしまい、なんとか理解して、頷く。

「ではこれからも頼むぞ、金吾」
「うん!で、で、みぞれ鍋ってなに?霙みたいなの?」
「それはおろした大根を――…」

再び始まった鍋談義に、背後で大谷さんがぬるい眼差しを浮かべていた。

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