撃たれまい [93/118]


※死亡表現有


朱達と違い、紫と孫市は碌な会話も無く戦闘へと入っていた。
孫市は雑賀荘での屈辱を晴らすため。紫は官兵衛の進む道から障害をなくすため。

初戦から強心毒を使うわけにもいかず、紫は浮毒を用いて孫市へと迫る。
紫が毒を扱うことを知っている孫市は、予め用意していたのか、布で口元を覆っていた。しかし紫はそれを気にも留めない。

毒にも色んな種類がある。
浮毒と言うと吸い込まなければ大丈夫なように聞こえるが、実際は触れただけでも害のある毒だって作り出せるのだ。
孫市の戦装束は肌の露出が多い。紫は靄を濃くし、孫市の周囲へと固めた。

「くっ……!」

じくじくと鈍く肌を刺すような痛みに、孫市は顔を顰める。
狙いだけはしっかりと定めて銃弾を何発も放つも、それらは全て紫に届くより前にぐじゅりと音を立てて溶けていった。

紫は暫し考える。
さっさと倒してしまった方が良いか、時間をかけた方がいいのか。

ちらと横目に朱達の様子を確認すれば、朱と鶴姫はまだ何かを話しているようだった。
先に倒して待つのもだるい、朱ちゃんが終わりそうな頃に終わらせるか。
そう決めて、紫は孫市を取り囲む靄を僅かに薄めた。それでも油断をしているわけではないので、孫市は機敏な動きを取ることは出来ない。

口元を多う布も無意味と悟ったのだろう。不意に、孫市が布を取り払った。
弾の切れた銃を投げ捨て、新たな銃を手に取る。無意味なのに、と紫は考える。


「元親の不在時に四国を攻めたのはお前達だろう」

唐突に投げつけられた言葉に、紫は微かに反応をしてしまった。

朱から、孫市の調べにより長曾我部軍と伊予河野軍が西軍を離脱したと聞いたときから、孫市が事実を知っているだろうことは察していた。
けれど、四国攻めの真実については知り得ないだろう。そう考えているので、紫は柔い表情で「そうですよ?」と返す。

けれど続けて孫市が紡いだ言葉は、紫の想像を超えていた。


「黒田官兵衛の代わりに、か」
「――っ!」

一瞬で強張った紫の表情を見、けれど孫市は別段表情を変えることはしない。
してやったりと笑うでもなく、呆れや蔑みを表すでもなく。淡々と事実のみを語るような表情だった。

しかし孫市にとっても、その言葉は憶測でしかなかった。

四国攻めを企てたのは毛利元就、大谷吉継の二人である。そして実行犯は今この場にいる朱と紫。そこまでは調べることが出来た。
しかし、孫市には少し引っかかっていた。九州の黒田官兵衛という存在に。
元就と吉継にとって、官兵衛ほど厄介かつ使い勝手の良い駒はない。三成に知られることなく四国攻めを行おうとすれば、石田軍の兵である朱と紫を使うよりも、三成と敵対すらしている官兵衛を使う方が余程良いはずだ。
だが、元就と吉継は官兵衛ではなく、朱と紫を使った。

それは何故か?
……その答えは、紫と官兵衛が石田軍を抜けたという情報から、推測できた。

そしてその憶測と推測が、紫の表情によって確信となる。

「本来ならば黒田官兵衛が行うはずだった四国の襲撃。それを庇い立て、己の罪としたのはお前の意志だろう」

孫市が話を続ける間にも、彼女の身体は紫の毒によって蝕まれている。
そして孫市が口を開けば開くほどに、その毒は濃くなっていくのだった。

「……それを知って、どうするんですか」
「お前はどうして欲しい」
「出来れば黙ったまま、死んでいってほしいですね」
「黒田官兵衛に知られたくないから、か」

紫の瞳に、はっきりとした殺意が灯る。

紫は恐れていた。官兵衛に、四国攻めの真実を知られることを。
自分が本当はどういう人間なのか、官兵衛に知られ、嫌われてしまうかもしれないことを。

故に、孫市の言葉は紫が許容できるものではなかった。


「お前の行動は、いつか己だけでなく、黒田の身をも滅ぼすぞ」


それが、孫市の最期の言葉となる。
血に染まった孫市の死体を見下げ、紫は半ば呆然としながら呟いた。


「私が、そんなこと、させない」
――官兵衛さんだけは、絶対に。

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