神の世界で、二人 [89/118]


明日の朝には進軍を開始する。そう大谷さんに告げられたのが二時間ほど前で、あたしは大阪城内のひっそりとした廊下を歩いていた。
日の落ちた城内は割と暗い。幽霊でも出そうな雰囲気だ。実際に幽霊っぽい人が二人ほどいるが。

厨に行っておにぎり持って、自分の部屋に戻ろうと。
そう思っていたあたしの道を遮ったのは、幽霊のような男だった。

「……よくこういう時間に会いますね」

二度あることは三度ある、ってやつか。
幽霊のような男こと三成は、特に何の感情も浮かんでいない視線であたしを見下げた。毎度の事ながら返答を期待してはいないので、「んじゃ失礼します」と横を、なるべく距離をあけて通り抜けようとする。

「おい」

が、引き留められてしまった。内心で舌打ちをする。

「何ですか」
「明日には出陣だ。早く身を休めろ」
「……、」

驚きで声が出ない。
まさか、まさかあの三成から、あたしの身を労るような言葉が出てくるとは思わなかった。
現実に対して驚きしか抱けないあたしを、三成は怪訝そうに見下ろしている。「聞いているのか」と顔を顰められて、ようやく声を出せた。

「、あたしより…三成様のが、休むべきだと思いますけど」

あまり素直じゃない言葉だなと、言ってから少し後悔した。ありがとうございますとでも笑んでおけば可愛いだろうに。

でも本心だ。
進軍にあたしの影送りを使えば、石田軍はとてつもなく優位に立つ。しかし多人数での影送りを繰り返したあたしが疲労することを、大谷さんは是としなかった。
まずは身を休め、偵察として一人で戦場に向かうようにとの指示は、大谷さんと三成があたしの身体を慮ってくれた結果だ。だから表向き、あたしには時間の猶予がある。
三成よりは、充分に。

「貴様に言われる理由はない」
「まあ、そうですね」

ふんと鼻を鳴らして顔を背ける三成に、苦笑。


本当に、何でこの人はあたしを抱いたりしたんだろう。今でも紫ちゃんを想っているくせに。
一時の気の迷いだったんだろうか。……だったら、良いと思う。

「じゃあ、おやすみなさい三成様。また明日」

軽く頭を下げて、今度こそ彼の横を通り過ぎる。
引き止められることは、もうなかった。


――…


何も考える必要はない。
あたしは三成を勝たすため、三成を生かすために此処にいる。

それだけでいい。

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