愉快な布石 [87/118]


結局甘味処的な店に入って、私はお茶を、伊達は団子をそれぞれ注文する。
たかだかお茶一杯とはいえ無駄な出費だ、恨むぞ伊達。顔だけは好きだけど。

「で、アンタ何者なんだ。その気配……ただの町娘じゃあねえんだろ」

アンタって呼ぶなら名前訊く必要無かったんじゃないかなと思う。思うけど、別に伊達に名前を呼ばれたいわけでもなし。つーか私、さっき偽名なんて言ったっけ。

しかし何者だと言われても、本当に困ってしまう。
現状、私って何者なんだろう。黒田軍の兵士?いやでも戦ってないし。かと言って「官兵衛さんのお嫁さんです」なんてハートマーク飛ばしながら自称すんのも恥ずかしい。
ものすっごいびっくりされそうだしな。
……まず、東軍である伊達に官兵衛さんと近しい者が小田原に居ると知られるのは、だいぶ問題だと思うし。

「別に、ただの町娘ですよ」

いくらか考えた結果、私は適当にかわすことにした。
伊達は不機嫌そうに私の言葉を受けて、軽い舌打ちをこぼす。

「ただの町娘が南蛮語を理解するってのか」
「だから南蛮語なんてわかりませんって」

今度は鼻で笑われてしまった。少しばかりイラッとする。
顔がいいからってどんな態度とっても許されると思うなよこいつ……。

店のおばさんが持ってきてくれたお茶に口を付ければ、伊達も私から視線をはずして団子にありつく。
団子食べてるだけなのにイケメンとかやばいな、とその様子を横目に見て、溜息をひとつ。
はあ、早く官兵衛さんのところに帰りたい。

「まあいい、詳しいことは後で訊きゃあ済むことだしな。菫、俺と一緒に来い」
「嫌です」
「何でだよ」
「嫌だからです」

団子を食べ終えた伊達に手を差し出され、その手をパーッンと笑顔ではじく。
あまりにもストレートすぎる断りが意外だったのか、伊達は余計楽しそうに笑みを深めた。やだもうこの人めんどくさい。三成のがまだ扱いやすかった。

と、そのとき私の視界に、修羅のような人が小さく映る。
私の方を向いている伊達にはもちろん見えてなくて、ずんずんと大股で近付いてくるその修羅を私は薄く笑みながら眺めた。

相変わらず伊達はなんか言っているけど、お決まりの「嫌です」で総スルー。
だいたい英語に関しては、本当にわかるのとか……一部だけだし……?ディスイズアペンとかくらいだし……。
そんな"南蛮語がわかる女!"みたいに扱われると困る。多分あとで伊達も肩落とす羽目になるぞ。「えっなにコイツ全然わかってないじゃん……」って。

「いい加減にしろよ菫!!!」
「いい加減にするのは貴方様にございます」

はい。修羅、到着。
気配で気付くかもと思ったけれど、予想外に気が付いていなかったらしい伊達は、背後からの重低音にヒョッみたいな変な声を上げて全身をびくつかせる。
すごい今一瞬ギャグ顔だった。伊達のギャグ顔ってレアな気がする。

「この大事に!ふらりと姿を消したかと思えば!町娘にしつこく言い寄ってらっしゃるとは!どういうおつもりですか!!」
「違ぇよこれはコイツが、」
「じゃあお迎えも来たみたいですし、私は帰らせてもらいますねー」
「っオイ待て!」

飲み終えて空となった湯呑みを置いて、立ち上がる。
伊達に引き留められはしたけれど、声のみだったので止まることもなく。さすがに小十郎さんまで来てしまえば手を出すこともできないだろう。
視界の隅に、申し訳なさそうに頭を下げようとする小十郎さんの姿が映ったので、一旦立ち止まって振り返る。
そして、軽く頭を下げた。

「次に会う時を楽しみにしてますよ、独眼竜さん」


なんだかんだ言って、私もこのできすぎた偶然を楽しんでいたわけで。
まだ確定では無いけれど、わざわざこんな場所で出会ったんだ。きっと彼らとは、関ヶ原かどこかで、また会うだろう。

私の言葉に、伊達主従は大きく目を見開く。
さっきまで申し訳なさそうにしていた小十郎さんからは、氷柱のような殺気が発せられていた。

さてと、頑張って逃げますか。

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