やくさむ甘味 [85/118]


とはいえ、三成の行動が理解できないのも本心である。
時が過ぎれば過ぎるほどに、理解できないものに対する恐怖や絶望は憤りへと変化し、沸々とした怒りになりつつある。元よりうじうじ考えるよりかはさっさと発散したいタイプなので、余計に。

殴っても許されるんじゃないかなあ、と考えはするけれど、そういえばあたしは佐助の事すら殴ってない。
あんなことをした三成を殴るんなら、まずは佐助を全力でぶちのめさなきゃいけないだろう。
そう考えると、三成を殴る気も失せるのだった。
このどっちつかず感というかなんというかが、あたしの悪いとこなんだろう。


――…


毛利に文を届けるよう大谷さんに頼まれたのは、あれから結構な日数が経った頃だった。
軽い気持ちで了承し、恐らくこの時間帯なら毛利も大丈夫だろうという時を見計らって、影送りで安芸へと向かう。

佐助につけられた鬱血痕を上書きされてからは、どうにも毛利と会うのが複雑だった。
以前、西軍が北条方に手を出さないよう告げるために会った時は、あたしも必死だったからそうでも無かったけれど。
あそこまでされて、もう知らぬ存ぜぬではいられない。……毛利はきっと、あたしの事を好いてくれているんだろう。理由も切っ掛けも知らないが、恐らく、初めて会った頃くらいから。

告げられぬ好意に甘えているのは簡単だ。告げられていない以上、あたしの憶測が事実とは限らないのだから、のらりくらりと過ごしていればいい。
告白されてないのに振るというのも変な話だし。そして恐らく、毛利があたしにそういった類の想いを抱いていたとしても、彼はそれを告げてはこないだろう。

大谷さんの言う通り、あたしと毛利が似ているのなら。
そんな想いを、口に出来よう筈が無いんだ。


とぷんと影から抜け出れば、毛利ももう慣れたようにあたしへと視線を向けた。気配断ちの術は会得したけれど、わざわざ毛利相手に使う必要もない。

「お久しぶりです、毛利さん。大谷さんから文ですよ」

頷き、優しげな表情で文を受け取る毛利にやわく笑む。

全部分かっていて、知らぬ存ぜぬができないと言っても、この人を拒絶することも出来ない。ずるい女だなあと思う。
受け取るつもりのない好意を受け流し続けるのは、あたしが打算的な弱虫だからだ。
嫌われたくない、というよりは、繋がりを失いたくない。縋れる場所は、少しでも多い方が良い。

そして今のあたしにとって、毛利の傍はそれなりに落ち着ける場所だった。
また、前の時みたく行動に移されてしまえばそうもいかないけれど。……まあそれも、もう怯える程ではないが。

「暇はあるのか?」
「おおう、まあ、それなりに」

文に目を通し終えた毛利が、不意に問いかけてくる。曖昧に頷けば、「ならば茶でも飲んでいけ」と言われたのであたしは満面の笑みで頷いた。
毛利のとこで出される茶菓子は大好きだ。


女中さんが用意してくれたお茶と茶菓子を眺めて、今日の茶菓子も綺麗な形してるなあと目を輝かせる。
一口食べればやっぱりそれは上品な甘さで、頬が蕩けて落ちそうだった。はふう、と気の抜けた変な吐息が漏れる。

そんなあたしの様子を見て、毛利が僅かに口角を上げた。
ちょっとだけ呆れてるような、だけど優しい笑み。いつもそうやってればいいのにと心の隅で思う。

「毛利さんとこのお茶菓子はいつ来ても美味しいですねえ」
「それは貴様がいつ来るかわからぬか、……ら…………」
「……も、毛利さん?」

徐々に頬を紅潮させて、毛利が凍り付く。どうやら口にするつもりのない事を言ってしまったらしい。
頭の中で、へえ、とちょっと悪い顔をしてしまう。いつあたしが来るかわかんないから、いつでも美味しいものを置いてくれてるんだろう。良い人すぎて涙が出そうだ。
これがあの毛利なんだってんだから、本当に。……泣けそうだ、申し訳なくて。

「毛利さんは優しいですね」
「喧しい、黙れ、死ね」
「照れ隠しにも限度ってものがありますよ……」

今度はちょっとグサッときたので遠い目をする。
佐助もこんな気持ちだったのだろうか。そう考えたとこであいつに優しくするつもりなんてのは微塵も無いが。

毛利さんは真っ赤な顔を落ち着けるように、数度咳払いをしてお茶に口を付けた。
ほんとに、何度見ても絵になるなあと思う。毛利の所作はいつだって、どこをとっても流麗で、見ていて飽きない。戦ってる時だって舞ってるみたいだもんなあ。
本当、何でこんな人が、あたしに興味を持ったんだか。いつか機会があるのなら訊いてみたいものである。

「先の言葉は忘れろ!」
「はあい」

照れ隠しにぷんすこ怒っている毛利に軽く笑って、茶菓子をもう一口、舌の上にのせた。
この舌の上で溶けていく感覚がたまらない。

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