クッキングタイム [7/118] 朱と紫の二人が正式な石田軍入りをしてから、二日目の朝。 なぜか日が昇るよりも早く目が覚め、また二度寝をすることも出来なかった朱は、料理頭の人になんとか話を通し、台所に立っていた。 大きな鞄からぽんぽんと調味料を出していく朱を、大阪城の料理人達は訝しげに、遠目に眺めている。 粉類から油類、基本的な調味料にちょっと変わったスパイスやらに菓子の材料、持ってきたとこで絶対に使わないだろう物まである。 家にあった物、この時代で入手は不可能に近いだろう物を片っ端から鞄に詰め込んだ結果がこれだった。 そしてすっかりぬるくなってしまった保冷剤の山に朱は、ケチャップやウスターソースはすぐにダメになっちゃうかもなあ、と冷蔵庫なんてあるわけがないこの時代に少し嘆息した。 さて何を作ろうか、と好きに使っていいと言われた食料を眺める。 この場にあるのは根菜類と葉物、キノコ類に鴨肉、魚。それと調味料や豆類などだ。よくよく見れば鶏卵もある。 仕事として料理をしていたわけではなく、ただ一人暮らしでそこそこ料理が好きだった、程度の朱には難易度が高い状況であり、玉葱や白菜が恋しくなった。 朝ご飯だしそんなに重くない物、だけど久しぶりに濃い味の物も食べたい。 玉葱と人参があったら肉じゃが作ったのに、と考えて、すぐに豚肉も牛肉も手に入らないと気付きそっと泣いた。こういう状態になると、元の世界に戻りたくなる。 ――とりあえずあの魚、鮭っぽいしムニエルにしよう。人参と大根、葉物も適当に入れてコンソメスープ……いやケチャップも突っ込んでなんちゃってミネストローネにするか。美味しいかどうかは知らん。……まあこんだけでいいか、自分用だし。 思考を終え、腕をまくる。 着物だったのですぐにずり落ちて来た。 ――… 「紫ちゃん起きてるー?」 「起きてるー」 「入るよー?」 「どうぞ〜」 がらりと足で襖を開け、朱は紫の部屋へと入った。 手には二つのお膳を持っており、そこから香る洋風の匂いに、紫はほんの少し目を丸くさせる。 「なに、朱ちゃんご飯作ってたの?」 「うん。戦国時代のキッチン慣れてなくて火傷した。ほれ」 「うわあ、どんまい」 朱はお膳を起き、僅かに赤く腫れた手を見せてみる。 鍋の手持ち部分をうっかり素手で掴んでしまった際に出来た火傷だった。 「なんちゃってミネストローネと鮭のムニエル作ってみたんだけど。朝からこれは重いかね?」 「ううん大丈夫。朱ちゃんのご飯美味しいから嬉しいわー」 二人はお膳を挟み、向かい合って座る。 いただきます、と手を合わせてから箸をつけた久しぶりの洋食は、二人の胃に深く染み渡った。 時折今後のことやまだ見ぬ武将の事を話しつつ、食事を終える。 紫は手首につけられた腕時計を目に、ごちそうさまと呟いて箸を置いた。朱もお粗末様ですと答えつつ、最後の一口を飲み込む。 「三成に呼ばれてたの何時だっけ?」 「日が昇って二刻後って言ってたから……八時くらい?」 「その時計、この時代と合ってんの」 「た、多分……」 紫の腕時計は今、朝の七時半をさしている。 それは二人が未だに持っている携帯も同じなのだが、それが果たしてこの時代での正しい時間を指しているのかはわからなかった。 まあわかんないんなら時計信じるわ、というのが二人の総意なのだが。 「ちょっと早いけど行くかな」 「おう、……あ、でもあたし先にお膳返してくるわ。紫ちゃん先行ってて」 「そういうのって女中さんやってくれるんじゃないの?」 「いやついでにお茶と茶菓子貰いたいし……」 「朱ちゃん歪みねえ……」 二人は紫に与えられた部屋の前で別れ、反対方向へと向かっていく。 どちらの足取りも軽いとは言えず、どちらかと言えば重く見えた。 |