負い目にて裂傷 [81/118]


数日かけて西軍全体に事の次第を伝えたあたしは、もう当分影送りは使わねえと心に決めながら大阪へと戻ってきていた。
いくつかの軍からは大変な批判を頂いたけれど、総大将の決定には変わりない。とりあえずの許諾はもらえたので良しとする。
いやここ数日間のあたし、ほんとよく頑張ったよ。自分で自分を褒めるわ。後で帰り道に買ったおまんじゅう食べようね、あたし。

「まんじゅう美味しい……」

というわけで、一人のんびりと自室でお茶タイムである。
一人でゆっくり、という状況は本当に久方ぶりな気がして、それが嬉しいやらちょっと淋しいやら、複雑な気持ちになりながら甘いまんじゅうを苦めのお茶で流し込んだ。
あんこにはやっぱ緑茶か抹茶だよなと、頷く。
此処の女中さんはやたらとお茶をいれるのが上手い。自分でいれると何故じゃあって叫びたいくらい苦くなる。なぜじゃ。

黙々と食べていたまんじゅうが残り一つになったところでお腹が一杯になり、さて余ったこいつはどうしようと包みを見下げる。
紫ちゃんがいたらお裾分けするのにな、と考えて、すぐに空笑いを漏らした。
いやまあ渡そうと思えば渡せるんだけど、一応敵宣言しちゃったし、あと影送り使ってまでまんじゅう届けるってどうなの、って話だし、ぶっちゃけめんどいし。はいはい言い訳、ってことにしとこう。

「まんじゅうは後で食べればいいか〜。……一人だって認識すると独り言増えるなあ」

隣の部屋には、もう何も残ってない。人の気配が無いのも、妙に静かなのも、紫ちゃんが寝てるからじゃなくて、居ないからだ。
この世界に来て数ヶ月、ずっとじゃないけど一緒にいた人が、いない。死んだ訳じゃないし本当に決別したわけじゃないから、会おうと思えば会えるけど……会うべきじゃない。
それはやっぱり、さみしかった。


――…


紫ちゃんが西軍を離脱して二週間程が経った。

三成は相も変わらずな状態で、落ち込んでるというか病んでいるというか、とても不安定である。見ているこっちが不安になるくらい。
というかあたしにも責任があるから、不安になるって言うよりは罪悪感がやばい。これが幸村辺りだったら、とりあえず団子あげとけば当座は凌げるかなあと思うんだけど、相手が三成だからなあ……。
何をすれば、何を与えれば三成の心は安まるんだろう。家康の首?紫ちゃんの首?そんなものは用意できないし、それは三成の心を壊す物でしかない。

あたしの所為だ、ってことだけ認識して、黙って見ておくしかないんだろう。
三成の心を救えるほど、あたしはあの人の事を知っていない。
あたしが何もしなくても、その内大谷さんが良いようにするだろうし。三成に関しては、大谷さんに任せていた方がまだマシだ。あの人も大概不安要素ではあるけれど。


そんなことをぼんやりと考えながら、城内を歩く。
夜更けのこの時間帯、城内の廊下には人気がまったくない。厨房でお茶でも飲んで部屋に戻るかあ、と角を曲がったところで。

「……おい」
「っ、!」

突然の背後からの声に、びくりと肩を跳ねさせた。
聞き覚えのある声。……ああ、なんだかデジャヴだ。

「三成様……、こんばんは」

振り向いた先の三成は、幽霊のようにも、鬼のようにも見えた。姿は今にもかき消えてしまいそうなのに、怒りや恨みのような炎が瞳の奥を燃やしている。
そんな三成の姿に肩をすくめつつ、曖昧な笑みを浮かべる。
三成はもちろん、こんばんはだなんて返してくれる事はなく、あたしの全身をじろりと眺めてから「何をしている」と問いかけてきた。まったくもって、デジャヴだ。今のあたしはおにぎりなんて抱えてはいないが。

「ちょっと夜の散歩を。お茶でも飲んで部屋に戻ろうとしてたとこですけど」

申し訳程度に「三成様は?」と尋ねてみたけれど、返答はなかった。返答を期待しての質問ではなかったから、気にはしていない。

三成は暫し沈黙する。
何の用も無いなら立ち去っても良いだろうか、と気付いたら半歩退いていた左足に意識を向ける。逃げる準備をする必要はないはずなのに、臆病な身体だ。
そのまま数分、互いが黙り込んだまま向かい合うという妙な時間が過ぎて、足先がむずむずとしだした頃。
動いたのは、三成だった。

「……来い」
「はい?」

ぽつりと呟いて、姿勢良く歩きだした三成の手が、あたしの腕を掴む。その力が存外強いもので驚いたのと同時に、あげた視線の先にある三成の表情に、身が竦んだ。

「っちょ、ちょっと、待ってくださ、」

後ろ向きのまま腕を引っ張られるのだから、上手く歩けずに足がもつれかける。けれど三成はそんなあたしを気にも留めず、歩き続ける。
何が何だかわからなくて、嫌な予感しかしなくて、首筋を冷や汗が伝った。

よくわからない、けど、怖い。
力の入らない足を必死に踏ん張るけど、それも大した抵抗にはならず。腕を引かれるままに辿り着いたのは、三成の自室のようだった。ますますもって訳が分からなくて、心臓が五月蠅く鳴り始める。……勿論、良い意味ではない。

「いっ、た」

襖を開けた三成に、部屋の中へと投げ飛ばされた。とんだ扱いである。
しかし畳で擦ってしまった膝と違い、腕はやや柔らかなものの上に着地した。それが布団だとわかって、尚更心音が鳴り響く。なるほど、警鐘ってこういうののことを言うんだな、と頭の隅でどうでもいいことを考えた。

たん、と。微かな音を立てて、襖が閉められる。

「み、つなり、様……?」
「……」

始終無言を貫く三成にが覆い被さってきて、息が詰まる。
あたしを見ているようで見ていない瞳の先にはきっと、あたしじゃない人が映ってるんだろう。
両手を頭上で纏められてしまえば抵抗する気にもならず、極々小さな息だけを、漏らした。

上げて落とすとか、ほんとタチ悪い。

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