苦くて、冷たい [70/118]


日も昇り、トイレへと向かった帰り道。
半ば叫ぶような声で「朱殿!?」と名前を呼ばれ、わあいと心の中で冷や汗を流しながら振り向いた。

「お邪魔してます、幸村殿」

あたしを指さしたまま硬直し、口をぱくぱくとさせている幸村。どんだけびっくりしてんの君。
「な、なにゆえ上田に、」と震えた声で問いかけられて、暫し答えを探していると、あたしの正面に黒い影が浮かび上がった。……佐助だ。

「ごめんねー大将。朱ちゃん、俺様に用事があったの」
「そ、うなのか……?」
「うん、もうすぐ帰るとこなんだけどね」

とりあえずぺこりと頭を下げておく。
佐助、幸村にあたしが来ること言ってなかったのか。道理で部屋から出そうとしないわけだと納得するかたわら、ふらふらとトイレに行ってしまったことを少し反省する。
「じゃあ朱ちゃんは帰る準備があるから、大将はちゃんと政務してよ?」なんて言いながらこちらへと振り向いた佐助に、ぞくりと背筋が震えた。わあいとっても怒ってるう〜……。


――…


「まさか俺様が気付かないなんてね〜……」
「サーセン」

せっかく会得した気配断ちの方法である。早速試してみようとすやすや中の佐助の腕から抜け出して外へと出てみた結果が、冒頭なわけで。
佐助は怒ってんだか何なんだか、えらい複雑そうな表情であたしを見下げていた。
良い弟子もったやろ?とからかってやりたい気持ちにもなったけど、こいつを煽って良い結果になるとも思えないので黙っておく。あたしもそこまで自分を捨ててはない。

「まあいいけど。でも大将にバレちゃったから、帰るときは大将に挨拶してから帰ってね」
「うぃっす」
「……お腹すいたでしょ?何か適当に用意してくるよ」

よっこらせ、とおっさん臭い声を出して佐助が立ち上がる。それをぼんやり見上げて、あ、と思いついた。

「ね、あたしが何か作っちゃだめ?」
「いいけど……朱ちゃん料理出来るの?」
「そこそこ?」

首を傾げながら答えるあたしに、佐助はちょっと笑ってから手を差し伸べてきた。その手を取りそうになって……やめて、自力で立ち上がる。所在なさげに揺れた手は、ぺちんと叩いておいた。
佐助は、あたしの顔を盗み見て、わらう。


台所へと辿り着いて、何があるかを軽く眺めながら作るものを決めていく。
暫くうろついていたあたしは、あるものを見つけた瞬間佐助にタックルまがいな勢いで飛びついた。

「砂糖あるじゃん!!!」
「え、うん。大将が甘味好きだから」

ひゃっほうとテンションを上げながら、使っていい?これ使っていい?と問いかける。そんなあたしのテンションに佐助はからからと笑って、あたしの頭を撫でながらいいよと頷いた。
はっと我に返る。いかんいかん、なに佐助に飛びついてんだあたしは。

「小麦もあるしパンケーキ作ろ〜っと」
「ぱんけえき?」
「砂糖と小麦粉と卵と水か牛乳混ぜて焼いたもの。……此処って牛いんの?」
「いなくはないけど……牛の乳なんか使うの?」
「牛乳舐めんなよめっちゃ美味しいんだからな」

佐助の手を借りながらさくさくと準備をしていき、ちょっとばかし苦労しながらもパンケーキを焼き上げる。バターはさすがに作れる気がしなかったので、ちゃちゃっと作ったカラメルソースをかけて出来上がりだ。
久々の洋食?洋菓子?にテンションは上がるばかりで、にやにやしながらパンケーキを切り分けるあたしを、佐助はなぜか興味深そうに眺めていた。

「佐助か?何やら良い匂いがするのだが」
「げ、大将」
「おま……げって言うなよ……」

台所の隅に座ってその場で試食兼朝食タイムにしようとしていたところに、幸村がやってきた。鼻をひくつかせて、ほんのり目を輝かせながらあたしと佐助の手元を覗き込む。そして次の瞬間に、ぐぎゅるるる、と盛大な腹の虫が鳴った。

「幸村殿も食べますか?」
「これは一体、何なのでござろう……?」
「ぱんけえきだって。南蛮の菓子らしいよ」
「ぱんけえき」

「ぱんけえき?」「ぱんけえき」と謎の会話を繰り広げる二人にけらけらと笑って、幸村の分を皿に取り分ける。
恐る恐るパンケーキをかじった幸村は、ぱああと顔を輝かせ、絶叫した。とてつもない爆音に鼓膜張り裂けるかと思ったが、まあ、美味しかったのなら何よりである。

耳をふさぎながら幸村に礼を言っていたら、ぐい、と腕を引かれた。視線を向ければ、どことなあく拗ねたような表情の佐助。
……ああ、まだ俺様のモノになっての約束、継続中なわけね。

パンケーキを食べ終えた幸村が、他の家臣さんたちに政務のためと連行されるのを見送ってから、あたしもパンケーキに手を付ける。佐助は皿に載ったパンケーキをじっと眺めたまま、食べようとはしなかった。

「食べないの」
「……食べさせてくれる?」
「めんどくせえ……」

いよいよもって呆れるしかない。いちいちハートマーク飛ばすとこがあざといわ。

「朱ちゃん」

ちょっと責めるような声音で名前を呼ばれてしまったので、溜息をついてからパンケーキを佐助の口ん中に突っ込んでやった。
ぶつくさ文句を言われたけど、知らん。食わせてやっただけありがたいと思え。

「ほんっと朱ちゃんって照れ屋だよねえ」
「これが照れ隠しに見えるとか……頭ん中お花畑か……」

全力で吐いた溜息を飲み込むようにされた口付けは、カラメルのせいか妙に苦く感じた。

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