快晴に愛河 [79/118]


ぼんやりと紫は、再建中である小田原の城を城内から眺めていた。
快晴ではあるが、吐く息は白く、寒い。もこもことした素材である紫の衣服は婆娑羅屋から二度目に与えられたもので、もしかしてあの人達は、私が此処に来ることまで知っていたんだろうかとうっすら考える。が、答えがわかるはずもないので紫はすぐに思考を取りやめた。

「紫、そんなとこにいたら身体が冷えるぞ?」
「官兵衛さん」

袢纏のような服を肩にかけられ、ふわりと微笑む。
紫の表情に官兵衛は僅かに頬を赤らめ、外へと視線を戻す紫の隣に腰を下ろした。

「……お前さん、本当にこれで良かったのか」

真剣味を帯びた官兵衛の声音に、紫は首を傾げる。「お前さんの友人のことだ」と続けられ、ああ、と眉尻を下げた。
目を細めて、少しだけ笑みを形作る。

朱が言った通り、紫と朱はこれからは敵となるのだろう。官兵衛が天下を求めて関ヶ原へと向かうのならば、紫はそれに同行する。官兵衛の望む道は、即ち三成を遮る道でもある。
三成を勝たせたい朱と、官兵衛を勝たせたい紫の道とが、交わることは無い。
それだけじゃなく、大阪城へと戻った朱の事も不安だった。
紫の裏切りによって三成がどれだけの怒りを抱くかは容易に想像がつく。紫は逃げることが出来たが、大阪城へと戻った朱は、その怒りの全てを向けられるだろう。己の手助けをしたばかりに、朱が三成に殺されてしまったら。……それは紫にとって、最も起きてほしくない出来事のひとつだった。
今のところは、紫に憑いている影人形に何の変化もないので、大丈夫だろうとは思うのだが。

「よかったんだと、思うしかありませんよ。私は朱ちゃんより官兵衛さんをとった。朱ちゃんは私より三成をとった。それだけのことです」
「……そうか」

ぽん、と官兵衛は紫の頭を撫でる。枷と鎖の存在が紫の頭から背中にかけてを痛めたけれど、紫はその温もりを享受した。

「仲直りが出来るといいんだがなあ」
「別に、喧嘩したわけじゃないですよ?」
「そうかもしれんが……」

どことなく納得のいっていない風である官兵衛に、くすりと笑む。
寄り添うようにして肩を預ければ年甲斐もなく慌てる官兵衛を目に、紫は目を伏せた。

官兵衛さんが天下をとれたら嬉しいと思う。その時、私が隣にいられたら、もっと嬉しい。そんな未来を実現させたいのなら、ただ、進むしかない。
きっと朱ちゃんも、私が自分で選んだ道を歩むことを、願ってる。

己が友人に負わせたものは、確かに紫を苛んでいた。
しかしその痛み以上に、紫は官兵衛を想っている。官兵衛の福を、望んでいる。

「官兵衛さん」
「ど、どうした?」

わたわたとしている官兵衛にくすくすと笑い、何でもないですと、紫は視線を青空へと向けた。

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