刑に処する娘 [77/118]


「ぬしの気持ちはよおくわかった。しかし、紫の逃亡の路造りは、三成とわれへの立派な裏切り行為よなァ」

大谷さんの言葉に、肩をすくめる。そう言われてしまえば、あたしには返す言葉もない。ぐうの音も出ないほどに正論だ。
あたしに三成と大谷さんを裏切るつもりがあったのか、と問われればそれは否定出来るのだけど、所詮そんなの感情論でしかなくて。現状を客観的に見ればあたしも石田軍を裏切ったことになんら変わりはない。

「……貴様は、紫が裏切ると、私の元を去ると、知っていたのか。いつから、知っていた」

ぽつり、掠れた声で三成が呟く。
俯いて視線を彷徨わせて、躊躇いながら「最初から」と答えた。三成が息を呑む。

「貴様も、そうなのか」
「……?」
「貴様も最初から、私を裏切るつもりだったのか」

三成の発言の意図が読めず、この人大丈夫か、とうっすら心配になった。もうほとんど夢の中にいるような状況なんじゃないだろうかと、そう思うと心の臓がひやりとする。
あたしは嘘を吐く人間だから、信じないと。あたしへ告げたのは三成なのに。

「あたしは三成様を、裏切るつもりはありません」
「だが!現に今!こうして私を裏切っただろう!!」
「……っ、」

呼吸の仕方を、一瞬、忘れた。

「みつなり、さま、」

三成が、泣いている。ぼろぼろと涙をこぼして、あたしを睨み付けている。

ぐっと唇を噛んで、色んなものを耐えた。
今、あたしには泣く権利も、許しを請う権利も無い。だから唇を噛んで、血塗れの手を握りしめて、顔を俯かせた。

「あたしは、紫ちゃんがいつか官兵衛のために石田軍を切り捨てると、知ってました。知ってて、誰にも言わなかった。紫ちゃんが此処を離れたら三成様が死んでしまうこともわかってて、だけど言わなかった。言ったら、きっと三成様は紫ちゃんを殺してしまう。紫ちゃんを逃がす前に知られてしまったら、あたしはたった一人の友だちを喪ってしまう。それだけは絶対嫌だった。三成様に、紫ちゃんを殺させたくなかった」

ほとんどヤケになって、ぽつぽつとくだらない話を続ける。
話を聞いてんだか聞いてないんだか、三成と大谷さんはただじっと、黙り込んでいた。

「あたしが勝たせたいのは西軍です。守りたいのは、生きて欲しいのは、三成様です。誰が信じなくても、それだけが今のあたしを形作ってる全ての気持ちなんです。紫ちゃんのことも大好きだし生きててほしいけど、あたしの手は小さいから、誰も彼もなんてすくえない。だからあたしは、ほんのちょっとの手助けだけをして、紫ちゃんを切り捨てました。だけど同時に、三成様のことも切り捨てた。本当に紫ちゃんを切り捨てるつもりなら、手助けだってしちゃいけなかったって、わかってた」

どっちにも良い顔をしようとしたから、こうなった。紫ちゃんとは敵になって、三成様を裏切って。
だから今此処で斬り捨てられても、あたしは何も言えません。
裏切りたくなくても、裏切り行為を働いたことは、事実ですから。

そう告げて、顔をあげた。喉元を晒して全身の力を抜く。
今斬りかかられたら、本当に逃げることは出来ない。死ぬのは嫌だけど、覚悟の上だった。

「朱、」

そっとあたしの名前を呟く大谷さんに、ゆるく笑みを向ける。
だいすきな大谷さんと三成の手で、死ねるなら、まあそれも悪い結末じゃ無いんじゃなかろうか。紫ちゃんには悪いけど、先に退場させてもらいますわ。

「……――」

三成が、一度納めていた刀を、抜いた。

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