罪人は血を浚う [76/118]


三日後、小田原を訪れた朱に、氏政は苦渋の上に下した決断を伝えた。
北条は中立を保ち、関ヶ原の戦いには一切加わらないと。朱はそれを聞き、安堵の混じった表情で喉を震わせながら頭を下げた。深く、深く。
この時代の人間が、それもそれなりの地位を築いている人が、この決断を下すためにどれだけ悩んだかは嫌でもわかる。朱は何度も深く氏政へ頭を下げ、そして、決意を固めた。

今度は、あたしが頑張る番だ。朱はきつく唇を噛み、両手の平を握りしめる。

「朱ちゃん、あの、……ありがとう」
「どういたしまして。でも、今日からうちら、敵だからね」
「……うん、わかってる」
「関ヶ原がいつかはわからないけど、その場に官兵衛と紫ちゃんがいたとして、三成様の道を阻むとしたら、あたしは二人に刀を向けるよ?」
「わかってる」

凜とした表情で頷く紫に、朱はにっこりと笑みを浮かべる。
そして、「出来れば刀じゃなくて傘じゃんってツッコんでほしかった」「ごめんわかってはいたけど完全にスルーしてたわ……」なんていつも通りの対話を続けて、終えて、二人は背を向ける。

大阪城に戻り、三成と吉継の説得、そして西軍全体にも説得をしなければならない。
とりあえずの敵は西軍ドSトリオだよなあと朱は顔を顰め、一旦背を向けた小田原の城へと振り向き、広げた傘の影の中へとゆっくり落ちていった。


――…


帰阪したとほぼ同時に、三成と大谷さんから武器を向けられた時には「あ、死ぬかな?」とうっすら三途の川が見えた。
此処ならとりあえずはいないだろうと自分の部屋を選んで出たのに、まさか出待ちされてるとは思いもしなかった。大谷さんってばあたしのこと理解しすぎ。

「朱よ、なんぞ言い訳があるのならば聞いてやろ。暗を座敷牢より連れ出し、紫と共にどこぞへ逃がした事、われにとくと説明してみせよ」
「そのようなものッ、聞く必要も無い!!貴様は、紫は、私を裏切り官兵衛に与したのだろう!?私は裏切りを最も憎む!死してその罪を償えッ!!」

全力疾走で追い掛けてくる三成、大谷さん両名に思わずこっちも全力疾走で逃げ出したものの、完全に恐惶モードである三成と急くな状態である大谷さんに敵うはずもなく。
早々に逃げおおせるのは諦め、というか元より逃げるつもりではなかったので、あたしは完ッ全に殺す気で来ている三成の刀をなんとか受け止め、弾き、直ぐさま傘を放り捨てた。
これで丸腰となったあたしは、もし再び三成に斬りかかられたとすれば、もう防ぐ術を持たない。

「貴様ァ……ッ!」
「まあ待て三成。言い訳くらいは聞いてやってもよかろ?あやつも逃げるのはとうに諦めておるゆえ」

殺意満々の視線に全身を突き刺されるような感覚に陥りながら、両膝を床につく。
考えていた言葉は走り回っている間に全部頭から消え去っていて、これは本当にデッドエンドルート突入しちゃったかもなあと胸の内で苦笑した。

「……確かにあたしは、官兵衛と紫ちゃんを此処から逃がす手伝いをしました。それに関して、言い訳もなにもしません」

ゆらりと立ち上がった三成の刀が、あたしの喉笛を捉える。このまま掻き斬られたら即死かなあと考えつつ、三成と視線を絡ませた。
こんなにも真っ直ぐ、じっと彼を見つめるのは、きっと初めてだ。

「正直なのは、良いことよな。して朱、暗と紫をどこへやった?」
「それを教えることは出来ません」
「……いいだろう、貴様は今!直ぐに!斬滅してやる!その次は紫だ!!」
「それだけは絶対に、許しません、三成様」

睨み付けるように、三成を見据える。喰い気味の言葉が紫ちゃんへの発言を指していると理解したのか、三成は噛み付くような勢いであたしに刀を振り下ろしてきた。
目の端でとらえた刀の軌道から逸れるように身を引き、止まる直前の刀を、掴む。刃があたしの掌を切り裂いて、ぽたぽたと血が垂れた。

「あたしと二つ、約束をしてくれるのなら。官兵衛と紫ちゃんのいる場所をお伝えします。それまでは何をされても、何が起きても、あたしは二人の居場所を貴方達には教えない」
「……もういい、貴様に聞かずとも私自身で探し出せば良いことだ」
「探せませんよ」

にこりと微笑む。あたしの表情に、訝しげに大谷さんと三成はこちらを見下げた。

「紫ちゃんには、あたしの作った特殊な影人形を取り憑けました。西軍の人間が近付くと、自動的に紫ちゃんを影送りで他の場所へと逃がします。」

「紫ちゃんは自ら、官兵衛と共にいくことを選んだんです。その決意の邪魔は、誰にもさせない」

信じない、信じないと三成は譫言のように叫ぶ。胸が痛くならないと言ったら嘘になる。
紫ちゃんの裏切りによって、三成はまたひとつ、大切な何かを失った。それは三成が死んだも同然だ。その三成に引導を渡してしまったのは、やっぱりあたしだった。
だからあたしは、いくら傷付いてもいい。

「……朱、ぬしもわれらを裏切るのか?」

三成の刀を握りしめ、血を流し続けているあたしの手をそっと見やってから、大谷さんは呟く。その問いかけに、あまり意味がないとわかりながら首を左右に振った。
三成が激昂し、刀を振るう。さすがにスパンといかれるのは問題だったので慌てて手を引き、振り下ろされた刀に当たらぬよう飛び退いた。

「あたしの命も、力も、三成様と大谷さんの為に在ります。それは今までもこれからも変わりません」
「ならばなぜ、紫の裏切りを手伝った?」
「……紫ちゃんは元より、あたしに付き添う形で石田軍に入ることを決めたんです。彼女は最初から官兵衛と共に在ることを望んでいました。やっと、紫ちゃんは自分のための道を選べたんです。あたしが縛ってしまっていた場所から逃れるのに、あたしが手を貸すのは当然でしょう?」

やわく、微笑む。
大谷さんがあたしを可愛がってくれていると言っても、ここで三成があたしを殺そうとした時に、三成を止めてくれるほどのものじゃないだろう。
あたしの言葉は三成の心を抉りに抉って、ずたぼろにしている。嘘だ、信じない、嘘だ、そう何度も呟いて、ふらふらと今にも倒れそうになっている。そんな三成をあらゆる手を使って生き延びさせるのが大谷さんの役目で、あたしを救う事ではない。

それがわかっているから、あたしは残酷なふりをすることができた。

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