傷口に這わせて [68/118]


よっこいせと影から抜け出ようとすれば、ぐいと腕を引っ張られてあたしは誰かに抱きとめられた。誰かとか考えるまでもなく、犯人は佐助なのだけど。

「出待ちとか引くわ……」
「朱ちゃんから俺様に会いに来てくれたんじゃーん」
「……ハア……」

むぎゅむぎゅと抱き締められ頬をすり寄せられる。あまりにも熱烈すぎる歓迎に抵抗する気も失せて、とりあえず尻を撫でてくる手だけは叩いておいた。
ヤる為にお前に会いにきたわけじゃねーんだよクソ。

「んで、気配断ちのやり方を知りたいんだって?」

心底から顰めまくった表情で、静かに頷く。
佐助はそんなあたしの表情を気にも留めず、嬉しそうに口角を上げながらあたしの瞼に口付けた。瞼っていうか、あたしが反射的に片眼を閉じたから瞼になったけど、こいつ今完全に眼球狙ってたわ。眼球舐めとか上級者すぎるんで勘弁しろください。
じゃあとりあえず俺様の部屋行こっか!とハートマークを飛ばされ、げんなりとしつつアンド嫌な予感を抱きつつも、もうどうにでもなれと佐助に抱えられるまま遠い目をした。
なんだかんだ言って、あたしは佐助を嫌うことは出来ないんだ。


――…


「朱ちゃん飲み込み早いよねえ、忍の才能あるわ」
「そりゃどーも」

頼んでおいてなんだけど、こいつ暇なのか。
あたしが此処に来てから半日程経ち、あーだこーだと佐助に教えられた気配を断つ術はなんとなあく会得できた。忍の才能があると言われてもまったく嬉しくない。

「ついでに分身の術も覚えとく?あと変化とか。朱ちゃんなら出来ると思うけど」
「……そういうのって簡単に教えていいわけ?」
「ほんとは駄目だけど、まあ俺様がいいって言ってんだからいんじゃない?」
「アバウトだなおい」

あばうと、と繰り返されてへらりと笑う。そういえば英語は通じないんだった。
そんなあたしを見て佐助は一瞬表情を硬め、すぐに笑みを貼り付ける。こいつも存外脆い人間だと心の端で思いながら、よし用事は終わったと帰る準備を始めた。
途端、佐助は笑みを消してあたしの手首を強く握りしめる。

「痛いんだけど」
「お礼もなしに帰るなんて、ひどくない?朱ちゃん」
「ありがとうございましたさようなら」
「そんだけじゃ俺様は満足しませーん」

クソが。隠しもせずチィッと舌打ちを漏らし、強ばらせていた身体の力を抜く。
とりあえず痛いから手を離せと吐き捨てれば、佐助は手の力を少し緩めた。離すことはしない。……別に逃げようとはしてないのに、信用されてないなあ。どうでもいいけど。

「お礼って、何が欲しいの。またあたしを犯せば満足?」
「朱ちゃんが良いなら俺様はそれでも大歓迎だけど」
「いいわけあるか」

掴まれていない方の手で、佐助の頭をはたく。なのに佐助はやっぱりにまにまと笑っていて、呆れた。溜息しか出せない。
貼り付けた笑顔のまま顔を寄せてきた佐助に、ヤられる以外で、タダでお礼とやらが出来るのなら安いもんだと無抵抗に受け入れる。数回啄むような口付けのあと、隙間から舌が入り込んでくるのを感じながらはたと考えた。
そういえば初めてキスされた時はぎゃん泣きして大谷さんにごめんなさあい!ってなってたのに、ヤられた所為かハードルがだいぶ下がってやしないだろうか。キスくらいで済むならいいわってなってる気がする。あれ?大丈夫かあたし?貞操観念仕事してなくない?

「朱ちゃん」
「っ、は……何」

じっくりと口ん中を舐め回されて舌も吸われれば、多少なりとも体力を消耗する。ほとんど悪い意味でぞくぞくする背筋をそっと撫でさすりながら佐助を睨め上げれば、予想していた笑みではなく、切なげな眼差しで見下ろされていて驚いた。
……いやいや、絆されませんよそんな顔じゃ。

「明日まで此処にいて。俺様の事だけ、考えて。それがお礼でいいから」
「……、」
「今日と明日だけ、俺様だけのモノになって」

存外優しく抱き締められて、溜息をつく。

あたしが好きなのは、守りたいのは、勝たせたいのは、三成だけだ。それは今までもこれからも、ずっと変わらない。変えない。あたしの一番は、それが報われなくとも三成一人だけだ。
そんなのきっと、佐助もわかってる。わかってるから、こんなに歪んでる。
……こんなんじゃ、佐助のことも好きだって、言ってるようなもんだよなあ。はあ。

「後で虚しくなっても、あたしの所為にしないでよ」
「ん、わかってる」

ぎゅうと佐助を抱き締め返してやりながら、今更か、と肩をすくめた。

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