ふたつの結び目 [65/118] 長曾我部軍との同盟戦は、特にこれといった問題もなく終える事が出来た。三成はアニキに対して色々と複雑な感情を抱いていたようだけど。 一応の参加をしていたあたしと紫ちゃんも大した怪我は負わず、今は同盟の書類やらなんやらをどうこうしているアニキや三成から少し離れた場所で、事態を静観している。 これが終わったら次は鶴ちゃんとこか〜とぼんやり考えていたとこで、細かい話が終わったらしいアニキとばっちり目が合ってしまった。にかっと笑いかけられて、じくじくと痛む罪悪感の中、あたしも笑みを返す。 「しっかし、石田の軍にこんな強え女がいるたァなあ。アンタ、名前は?」 「朱と申します」 「朱か、覚えとくぜ。アンタの蹴りは効いたからなァ」 「それは……申し訳ありません」 苦笑で返せば、「いいってことよ!」と快活に笑い飛ばされる。あー、胸が痛い。 長曾我部さん、あなたの仇は今あなたの目の前にいますよ。四分の三が仇ですよ。わがままだけど出来れば気付かないでいてください。 「そっちの姉ちゃんは?」 「紫です」 「そーかそーか。お前らみたいな奴がいんなら、この先も大丈夫そうだな」 ちろりとアニキの瞳に、複雑な灯りが見える。怒り、哀しみ、疑念、後悔。それらをアニキに与えたのは、紛れもなく、あたし自身だ。 出来れば何も知らないままでいて欲しい。あたしはこの人を、殺したくない。そう思うけれど、心のどこかで早く気付いて欲しいとも願っている。矛盾。 「これからよろしく頼むぜ!朱、紫」 「……はい」 誰だよアニキは絶望してからが本番とか言ったやつ。あたしですねちくしょう。 ――… 後日、あたしと大谷さんの二人を筆頭に、数人の石田軍は鶴ちゃんの乗っている船へと向かっていた。 元より大谷さんが鶴ちゃんに西軍へと誘う文を送っていたのと、彼女が巫女であることから、今回は戦闘をしなくていいらしい。互いの実力は近頃の戦況や今までの実績を見れば明らかなのだし、というわけで。 ちなみに三成と紫ちゃんは一足先に大阪へと向かい、道中、金吾の様子を見ていくらしい。紫ちゃんは「今度こそ天海様に会うぞー!」とテンション高く意気込んでいた。 その直後、三成と馬を二ケツすることになって絶望顔してたけど。あれは笑った。 「では、これからよろしくお願いします!大谷さん!」 「あいわかった。ぬしの先読みの力、頼りにしておるぞ、海神の巫女殿」 「もっちろんです!」 さてはて。鶴ちゃんとの同盟はあっさりもあっさりすぎる程にちゃちゃっと終わった。 あとは、曰く「心にもないおべんちゃら」を吐き連ねる大谷さんと、それに逐一きゃあきゃあ照れているかわいい鶴ちゃん、そして複雑な心境で空を眺めるあたしが残るのみである。泣いてない、泣いてないぞあたしは。 っていうか大谷さん「嫁にしたい」は言い過ぎじゃねー!?あたしでもそんなん言われたこと無いんですけどー!? あと真面目に考えると完全に見た目ホラーかつ怪しさ満点の大谷さんから嫁にしたいって言われて素直に顔赤くして喜べる鶴ちゃんマジすっげえなって思う。ここまで真顔ノンブレスです。 あたし大谷さんのこと大好きだけど、ほぼ初対面でこの人に嫁にしたいとか言われたらドン引く自信あるもん。 「朱よ、われに何か言いたい事でもあるのか?」 「いやあまさかあ」 ははっと冷や汗アンド空笑い。大谷さんはそんなあたしのほっぺを軽く引っ張ってから、兵に諸々伝えてくるから後は頼んだと部屋を出て行った。 えっまじか。 「えーと……鶴姫さん」 「はい、何ですか?」 「あたしが言えた事じゃないですけど、大谷さんの言うこと、あまり真に受けない方が良いと思いますよ」 鶴ちゃんに向き直り、苦笑気味に伝える。 年の頃で言えば彼女はあたしよりも随分と年下だ。その上、外の世界をまったくと言っていい程知らない。故に普通じゃ有り得ない程の優しさを持ち合わせているとしても、その優しさが彼女を傷付けるのはどうかと思う。 鶴ちゃんが西軍にいれば、きっと、とても有利になるだろう。だけど、もしいつか戦わなきゃいけない日が来るとしても、出来るならあたしは鶴ちゃんと市ちゃんには東軍にいて欲しいと思う。 あたしの描くシナリオは、あたしにとってとてもよく出来ている。 「……?どういうことですか?」 「今はわからんくてもいいです。でも、何かおかしいなって思ったら、誰かに相談してみてください。本当に、鶴姫さんの為を考えてくれる人に」 「ええっと、よくわからないけど……わかりました!」 にっこり笑う鶴ちゃんは、優しくて、可愛くて、とても使い勝手の良い羅針盤だ。あたしはそれを知っていて、出来れば利用されてほしくないとわがままな願いを抱く。 純粋すぎるのも、無知なのも、鶴ちゃんの大切な取り柄だから、それを後悔してほしくない。 「朱さんはとってもお優しいですね!」 「優しいじゃなくて、甘いっていうんですよ、こういうのは」 「そうですか……?」 でも甘いものはとっても幸せになれます!と鶴ちゃんは笑う。 なるほど確かに、この子に救われたいと願う気持ちも、わからないでもない。 |