砂城を看取る [63/118]


※死亡表現有


あたしが砂と風の隠れ陣に入ったのは、尼子と紫ちゃんが入ってから数分後だった。
陣そっちのけで争う尼子と紫ちゃんの邪魔にならないよう、味方兵が頑張って敵兵を散らしてくれている。が、尼子の晴天乱流だかなんだかによって味方兵もなかなか思うように動けないみたいだった。
とりあえずあたしは陣をとっておこう、と戦う二人に背を向ける。周囲の雑魚兵は邪魔だったので影踏みで止めておこうかとも思ったが、自分が動けなくなるのでやめておいた。
その代わり、数人の活発な敵兵は影人形を取り憑けて動けなくさせておく。そうすれば味方兵がさっさと倒してくれた。察しの良さはさすが豊臣の兵、ってとこか。

仕込み刀で陣を奪取し、残った雑魚兵もすべて倒し終えれば残るは尼子のみである。
紫ちゃんには手出し無用と言われていたので、もちろん加勢することもなく、あたしは陣に腰かけ戦況を見守っていた。時折襲ってくる砂竜巻を傘で防ぎながら。

「ねえ、尼子はどうやって死にたい?じわじわ死んでくの?動けなくなったところをさくっと?それとも溶けるの?どれがいい?」
「黙ってろ、砂を食いたくなけりゃあな!」
「まったくもう可愛いんだから〜!そういうとこが好き!」

……うわあ。

嬉々として尼子と戦う紫ちゃんはとても余裕そうだ。尼子の攻撃を時々受けるのも、わざとに見えて仕方がない。
苦々しい顔を隠そうともしない尼子がだんだん可哀相になってくる絵面だ。

「ていうか紫ちゃん浮気〜」
「それとこれとは別だよ!」

陣に腰掛け脚を組むあたしを、尼子がちらと睨み付けてくる。そんな怖い目で見なくてもいいのに。頬杖ついてんのはちょっと退屈だっただけだし、微妙な顔してんのは紫ちゃんが怖いからだよ。狂気的な友人を目の当たりにしてちょっと対応に困ってるだけだよ。

「何なんだ、お前らは……っ」

ある程度尼子がぼろっちくなってきたとこで、不意に尼子が呟く。
顔色も悪く、右半身はところどころ爛れている。右手なんか、多分まともに動かすことも出来ないんじゃないだろうか。

「天下がどうのと講釈をたれるわけでもない、お前らは、何がしたいんだ」
「何って言われても、私は尼子と会いたかっただけだよ?」

完全に「こんにちは、死ね!」だけどなと脳内で考え遠い目をしつつ、あたしは脚を組み替える。
尼子が死ぬのは時間の問題だ。これで西日本はほぼすべて、西軍の統治下になる。残るのはアニキ辺りか。まあ、そこは大丈夫でしょう。

「紫ちゃん、早めに終わらせよう。そろそろ約束の時間だわ」
「え、まじで?……もったいないなあ」

その時、ろくに動けない尼子の最期の一撃が紫ちゃんを襲った。振り下ろされた刀が、紫ちゃんの左腕を切り裂く。
うわ痛そ、と顔を歪めたのはあたしだけで、紫ちゃんはその傷を愛おしそうに撫でただけだった。う、うわあ……。


――…


尼子の息の根を止めたのは、紫ちゃんの毒だった。少しずつ、真綿で締められるように、眠るように、尼子は死んだ。
その死体を紫ちゃんはじっと見つめている。しゃがみこんで、物思いに耽っているのか、黙ったまま。

「孤独の闇、ね」

不意にぽつりと呟いて、紫ちゃんは尼子の額当てを手に取った。そのままそれを懐にしまい、立ち上がる。

「……もういいの?」
「うん。ていうかこの死体の山、どうすんの」
「兵達が処理してくれるって。だから半分以上、ここに置いてくことになる。処理やらなんやらが終わったらこの子に伝えるよう言ったから、まあ大丈夫っしょ」
「わかったからそれ絶対私に近付けないでよ」

影人形の蜘蛛を撫でながら言えば、紫ちゃんは気持ち悪そうに顔を歪めてあたしから距離を取った。失礼な奴め。
とにかく、ここでの仕事は終わりだ。
あとは紫ちゃんと数人の兵と一緒に安芸へ向かい、大谷さん達と合流。それから長曾我部軍の元へ向かう。

もう喋ることのない尼子をちらりと見下ろして、唇を引き結ぶ。
紫ちゃんには、殺す覚悟なんてとっくの昔に出来てたんだろう。名のあるキャラクターも、名もない民も、この世界で生きている人間には変わらない。そこに線を引くのが、きっとこの世界にとってはおかしい。
初めて人を殺したとき、紫ちゃんはキャラクターを殺す覚悟もしてたんだろうな。
視線を尼子から、紫ちゃんに移す。紫ちゃんはどうしたのとでもいう風に、きょとんと笑った。

「……行こっか」
「うん」

あたしはきっと、誰のことも人として見ていない。

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