砂にまみれる [62/118]


そこは見渡す限りの砂漠だった。
空を見上げてみても、砂埃で空の色はわからない。辛うじて太陽がまるく見えるから、昼なんだなとは理解できた。
隣に立つ朱ちゃんは鬼の面と向き合いながら、それを被るかどうか悩んでいるらしい。結局小さく舌打ちをしてからお面を後頭部につけ、細めた目を私に向けた。

「尼子は、最後の陣で倒す?」

確認の問いかけに、頷く。ふうんと鼻を鳴らして、朱ちゃんは人差し指でぽりぽりとほっぺを掻いた。

「一つめの陣と南西、北西、北東の陣はあたしがとるから、中央と南東の陣、尼子は任せる」
「りょーかい」
「……じゃあ、まあ、……頑張ろう」

どこか複雑そうに数回頷いて、朱ちゃんは歩きだした。
私もそれに続き、兵達も後ろを歩き出す。

尼子を倒すのは私がやる。それはここに来る前から決めていた。
私は尼子が好きだから、会えるのはもちろん嬉しいし、尼子の人生の最期が私ってのも、すっごく嬉しい。そうなればいいと思う。
朱ちゃんは多分、私が本当に尼子を殺す気でいるのか、殺せるのか、それが疑問なんだろう。……殺せる、はず。

一つめの陣に現れた尼子を無視し陣へと向かう朱ちゃんを横目に、私は尼子へ一直線に向かった。
連れてきた兵達には手を出さないよう伝えてある。

私は尼子と、二人っきりで戦える。

「……この砂が俺を隠す。お前の負けだ、一千一夜迷い続けな!」

思わず漏れ出る笑みをそのままに、私は尼子へ毒を纏わせた刀を向けた。今纏っている毒は、麻痺性のものだ。浮毒は使っていない。
尼子は刀でそれを受け止め、はじく。すぐに私の横っ腹に向けて蹴りを入れようとしてきたから、私は敢えてそのまま尼子の懐へと突っ込んだ。
肘を鳩尾に入れ、尼子の身体がくの字に曲がる。苦しげな声が鼓膜を震わせるのに笑みながら、尼子が振りかぶった刀を避けた。

数発の攻撃を受けはしたものの、私が尼子に与えたダメージの方が大きい。
朱ちゃんが陣を取ったのとほぼ同時に、尼子は表情を歪ませながら砂の中へと潜り込んだ。ゲームの時も散々思ったけれど、どこにいるのか丸見えだ。

「朱ちゃん、尼子逃げたよー」
「ん、おーお疲れ。んじゃ行こうか」

数人の敵兵を倒してから、すぐ隣の陣へ向かおうとせず横道にそれる私たちに、味方兵たちが不思議そうな声をあげる。
「尼子晴久は、目の前の陣に逃げたのでは」と走りながら問いかけられ、私と朱ちゃんは目を見合わせながら笑った。

「すぐ終わらせちゃったら、つまらないでしょ?」
「まずは逃げ場を無くして、追いつめないとね」

敢えてひとつだけの逃げ場を作り、そこに追いつめる。いつも通り。
朱ちゃんは私の様子に最初抱いていた疑問を消したのか、どことなく楽しんでいる風に口端をあげていた。
結局のとこ、私も朱ちゃんも、現状を楽しんでいる。現実というより、夢の中みたいに。

「んじゃ、また後でねー」

二つめの陣に辿り着いたところで、朱ちゃんに手を振り別れる。
朱ちゃんは既に敵兵の相手をし始めていたので、軽く手を挙げるだけの反応をしてくれた。味方兵たちも分裂し、一方は朱ちゃんの周囲に、一方は私の背後へとついてくる。

「さて、がんばりますか!尼子のために!」

真ん中の陣で暴れながら、私はまだ見ぬ尼子の死に顔を脳裏に思い描いて、笑う。
私の周りにいた兵達がみんなして、エッて顔でこっちを見た。

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