ねこのここねこ [5/118]


我は安芸の毛利と密約を結ぼうと思っておる。

促すまでもなく唐突に始まった話に、思わず「……は?」と素で返してしまったのは申し訳ないと思ってる。
あたしの「は?」をそれはどういう事かとの反応だと考えたのか、大谷さんは少し笑みを深くして、言葉を続けた。

「毛利は聡い男よ。あれを野放しにしておけば西と東からわれらは挟み撃ち。徳川に手が届くことも無かろう」
「え、ああ……いやそうじゃなくて」
「……?」
「まだ大谷さん、毛利と組んで無かったんすか」

あたしの言葉に、今度は大谷さんが「は?」とでも言いたげな顔をした。
……やべ、これ言わない方が良かったか。

「そうかそうか、ぬしは先の世から来たのであったな」

けれどすぐに笑いながらそう呟いて、後ろ手に引き出しの中を探り始める。
何してんだろ、と思っていたら、その手には砂糖菓子のような物が載った小皿が掴まれていた。
それをあたしの前に差し出し、けど何を言うわけでもなく、また話を続ける。

「ぬしはわれと毛利が組むのをどう思った?」
「はあ……えげつないなあと思いましたけど。個人的には愉しいんで、良いと思いますよ」
「ヒッヒ、さようか」

砂糖菓子、食べていいのかなあ。でも出されただけで食べていいとは言われてないしなあ。
そんな事をぼんやり、考える。
そうこうしている内に大谷さんは浮かびあがって、何故かてきぱきとお茶を煎れ始めていた。
状況だけ見るとすっげえもてなされている。あたしなんも手ぇつけてないけど。

「われは三日後に安芸へ向かうつもりよ。朱、ぬしも着いてはこぬか?」

二人分のお茶を用意し終えて、大谷さんはゆるく口角を上げた表情をあたしに向けた。

どうぞとは言われてないけど、出されたんだから飲んでいいんだよなあ、多分。
今気付いたけど、こっちの世界来てからなんも食べてないし飲んでもないし、ぶっちゃけお腹減ってるわ喉乾いてるわの切ない状態である。
まあ文句言われたら逆ギレすればいいや、と妙なことを考えつつ湯飲みと砂糖菓子に手を伸ばした。

うわやばい、お茶めっちゃうまい。
砂糖菓子くっそ甘い。でも美味しい。

「あたしは大谷さんと三成さんの言うことは聞こうと思ってたんで、まあそれはいいんですけど。何で紫ちゃんじゃなくてあたしなんです?」

あっという間にお茶を飲み干し、ひょいぱくひょいぱくと砂糖菓子を口に放り込みながら問いかける。
大谷さんはそんなあたしを、変な生き物でも見るかのような目で眺めながら、また喉を引きつらせて笑った。
あたしも引き笑いよくする方だけど、この人こんなに引き笑いしてて喉疲れないのかな。

「あれにわれは手を出せぬ。三成が気に入っているゆえ」
「……ああ、やっぱりね」

この世界で恋愛事絡むのかなんてわかんないけど、好きなキャラに好かれるなんてそうそう上手くいかないもんだよなあ。
三成はやっぱり紫ちゃんを気に入ってるのか。だとしたら一目惚れかな、まだロクに話もしてないし。
どう表現したもんかわからない感情が渦巻く。
が、なにより三成には生ぬるい目しか向けられないなあ、と思った。

だって紫ちゃんの好きキャラ、官兵衛と天海なんだもの。
あの子多分今めっちゃ必死にいかにして九州行くかしか考えてないよ。三成ドンマイ、失恋決定だ。

「あとはまあ、」
「……?」

考え事をしながら、最後の砂糖菓子を口に放る。

「好みよ、コノミ」
「わあ、すっごく嬉しいですう」

どこか棒読みになってしまった感は否めないが、久方ぶりに浮かべた満面の爽やかな微笑みだ。可愛らしく両手を合わせることも忘れない。
そんなあたしの猫被りがえらくツボったのか、それから五分ほど大谷さんは笑い続けた。

失礼な人である。

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