悪魔の足跡 [61/118]


翌朝には武器も直ったと、婆娑羅屋の二人が部屋を訪れてくれた。
穴のあいていた蛇の目傘はぱりっと綺麗に糊を塗られている。朱色地に黒ラインだった蛇の目傘は色が反転し、最初の物より幾分か暗さが増していた。

へらりと口角を上げながら傘を見つめ、小さな息を吐く。
有也さんはそんなあたしに、目を細めた。ひどく優しげに。

「気になるんだけどさあ」
「はい?」
「お前、何でこの世界来たの」

沈黙。
よくわからない人だとは思っていたけれど、本当にわからない。というか読めない。
婆娑羅屋の二人は、どういう立ち位置の人なんだろう。どう考えても元からこの世界にいた人ではない、と思う。三成や大谷さんと比べれば、あたしと紫ちゃんに近い人だろうし、だけどあたし達とも違う。
どこまで知ってるんだろうなあと片眉を歪め、肩をすくめた。

「何でっつっても、拒否権もなかったですし。まあ割とノリノリで来たけど」
「あー……そうか。そうだよな。そうだわ」

なに一人で納得してんだこの人。
うんうん、と数回渋い表情で頷き、そしてあたしの頬をするりと撫でた。兄が妹にするような、親が子供にするような、そんな優しい指先だった。

「お前らはこの世界の未来を知ってるけど、自分の未来は知らない。俺らはこの世界の未来は知らねえけど、お前らの未来は知ってる」

そろそろ紫ちゃんと合流して、明日出立するための準備やなんやらをしなきゃなあと思っていた頃の、言葉だった。
目を丸くして、有也さんを見つめる。有也さんはただただ、なんとも言えない表情であたしを見下げていて、口元だけが拗ねたようにちょっぴり曲がっていた。拗ねている、というよりは……同情している?憐れんでいる?ような。

「お前らの未来を変えたかったら、俺達に言えよ」
「……、」

けれど最後の言葉のあとは、存外にあくどい笑みを残していたので、ますますわからなくなる。


――…


「紫ちゃん」
「うん?」
「何なんだろうね、あの人ら」

やることをやり終えて帰っていった婆娑羅屋さんを見送り、紫ちゃんと二人お茶タイムである。
ちらと部屋の隅に積まれた風呂敷と傘に目を向けながら呟けば、紫ちゃんも複雑そうに表情を歪めた。どうやら望さんにも、似たような話を聞かされたらしい。

「私たちに同情してるようにも見えた」
「そだね」
「でも、なんか怖かった」
「……そうだね」

婆娑羅屋の二人は、割とあたし達側に寄ってくれてんだろうって、なんとなく思う。
同情や憐れみの理由は、多分あたし達の未来とやらなんだろう。あの人達があたし達に向けて、なんらかの負の感情を抱いているようには見えない。

だけど、深いところに何か、気味の悪い物が見えた気がした。
あたしと紫ちゃんの事を考えて、色々言ってくれたわけじゃない。あの甘言にも聞こえた言葉は、あたしと紫ちゃんを想っての言葉じゃない。

「――悪魔みたい」

一番最後に見た彼らの笑みを思い浮かべながら、吐き出した。



――…



有也と望の二人は歩く。だるそうにかかとを地面にひきずりながら。面倒臭そうにあくびを滲ませながら。

「あの二人、どうするかねえ」
「さあ?適当に生きんじゃね。俺らにはもう関係ねえよ」
「こっち側来てくれたら楽なんだけどな〜」
「それは無ぇな。朱っつったっけ、あのチビ。あいつはダメだ、自己犠牲タイプだわ。反吐出そう」
「そこまで言ってやんなよ……。まあ、紫とかいう方もそれだろうしね、あんま良いのいないよねえ」
「自己犠牲の人間なんざ、ロクな生き方しねえよ」
「ロクな死に方も、ね」

「……憐れだよなァ」

ひゅるりと冷たい風が吹く。
ざりざり、続いていた足音はいつの間にか消えている。伸びていた足跡も、香りも、そこに彼らが居た痕跡はなにひとつ残らず霧散した。


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