異端の男、再び [60/118] 一度帰阪し、二日後には尼子のいる月山富田城での戦いである。砂漠やだなあ。 でもそれより今はとても大きな問題があった。 「紫ちゃん何してんの……」 「たまには、ね……普通に簪さそうかなって、思ったの……」 ぷるぷる震える紫ちゃんの手には、ものの見事にまっぷたつになった簪が載せられている。 いつもは紐で結ったあとの髪にさしているだけの簪だけど、たまには簪だけで髪を結おうとしたらぱっきりいってしまったらしい。なにやってんだ。 雑賀衆との戦いであたしも傘に大穴を開けてしまったし、装束もぼろぼろになってしまった。装束のぼろぼろっぷりは紫ちゃんも同じだ。 これじゃあ尼子戦は難しいよなあと思いはするものの、あたしも紫ちゃんも婆娑羅屋にどう連絡すればいいのかわからない。どこにいるのかもわからない。 影送りを使えばいけそうだけど、正直どえらい疲れてるとこに五十人ちょいも連れて移動したばっかなもんだから、あまり使いたくないのである。 「どうしたもんかねえ……」 「お困りのようだなァ、おちびさん」 「……、は?」 突然の声にゆっくり振り向けば、ガラの悪いしゃがみ方をしている婆娑羅屋の……ええと有也さんだったっけか、その人が「よっ」と片手をあげた。 ……いや、「よっ」じゃねえよ。 「ちょっと有ちーん、荷物全部俺に任せないでよ〜」 「おー、わりーわりー。おちびさんが見えたんでついな」 「見えたんでって襖しまってたじゃんかー」 いつの間に開けられていたのか、開けっ放しの襖の向こうには大きな風呂敷を二つ抱えた……望さん、だっけ?が立っている。相変わらず、なんだ、背が高い。官兵衛くらいあるんじゃないだろうか。 「……っていうか、何で二人ともここに……」 「何でって、お前ら武器壊したろ?それに服もぼろぼろときた」 「そろそろ様子見に行こうかなあと思ってたとこだから、ちょうど良かったよねぇ。ついでに第二衣装も作ってきたんですよ」 第二衣装、の言葉にぴくりと耳を震わす。 何で武器壊れたこと知ってんだろうとか気になることはいろいろあるけど、まあ婆娑羅屋の人のことはよくわからないしこの際気にしないでおこう。 それより、第二衣装。ちょっと気になる。 望さんが部屋に入って風呂敷をおろす。その後ろで有也さんが襖を閉めて、よいしょっとあぐらをかいて座った。 しかし望さんもだけど、この二人、大谷さんと三成がいないとなるととても素である。敬語を使う気が多少見えるだけ望さんのがマシか。 あとなんで有也さんの方はあたしのことをおちびさんと呼ぶのだ……。確かにこの三人に囲まれれば宇宙人さながらの状態であるけども。 「こっちが紫殿、こっちが朱殿のものです。どうぞ」 「ありがとうございます」 「ど、どうも……」 パッと見、どうやらこの風呂敷に武器は入っていないらしい。比べて見た感じだと、あたしのより紫ちゃんの風呂敷の方が大きいだろうか。 とりあえず、風呂敷を開き、中身を広げてみる。 「「おおう……」」 紫ちゃんと声が被った。 あたしの方の風呂敷に入っていたのは、一分袖の鎖帷子。これは以前のと変わらない。 それに、二の腕から手首までの長さで、中指だけ引っかける部分がある、なんかあの忍者っぽいアレ。指先の形が違えば弓使いも持ってそうな感じの……名称わかんないや。素材は革っぽい。 前の装束と同じ着物のような服は、やや厚手の黒地で暗い赤のラインが襟と袖に入っている。丈は前のよりちょっとだけ短くなっただろうか。帯……というか腰紐?は少しくすんだ赤だ。それに前のと同じスパッツ。 膝下くらいの長さのブーツは、前のよりつるつるとした革素材に変わっていて、ヒールもほんの少し高くなっている。で、ふくらはぎにあたる位置に同素材で出来た蝶々の飾り。この飾り邪魔そうだな、しゃがめるんだろうか。 何より目を惹いたのは、全体的に赤い般若の面だった。何でお面。もう一度言う、何でお面? 「このお面はいったい……」 「おちびさんは力の都合で隠れて仕事すること多いだろうと思ってな。俺が作った」 「ますます忍度アップしてんしよおぉ……」 思わず頭を抱える。そんなあたしを見て有也さんはからからと笑い、「試しに着てみるんなら着付けるぜ?」と告げた。 うん、後でお願いします。 紫ちゃんの方に目を向けると、そっちにもやっぱり武器は入っていないっぽかった。 前着ていたのより少し厚手の素材で出来ているらしい、ぴったりとしたハイネックロンTっぽいのに、前腕半ば辺りからの指先が出る手袋。革にも見えたけど、ハイネックロンTみたいなのと素材は一緒だろうか。 それに、もこもこ素材でできた浅紫地に白藤ラインが襟と裾、袖に入った着物っぽい服。丈は……多分、膝上10cmくらい?ってとこか。 黒のプリーツキュロットも見えるし、多分また前のと同じようにスリットっぽく着るんだろうな。 帯はやや鮮やかな紫。この帯も暖かそうだ。 そして折り返しのある黒のニーハイブーツ。ヒールはあまり高くなくて、触り心地も柔らかそうだ。中はもこもこしている。 何で紫ちゃんの、こんなに冬装備なんだろう。あたしのあんまり大差ないのに。 確かに紫ちゃんは寒さに弱いけども、と考えたとこでひとつの仮説が浮かんだ。だけど、そこまでこの人達はわかってしまうんだろうか。 ちらと有也さんに視線を向ける。しぃ、と口元に人差し指を当てて、有也さんは悪戯っぽく笑った。くそう、何考えてんだこのイケメン。 「やばい朱ちゃんこれちょう暖かい……めっちゃふわふわしてる……もこもこ……」 「ああ、うん、よかったね。こちとらさっきから般若と目があってしゃーないよ」 「でもそのお面、朱ちゃんに似合ってるよ!」 「ありがとう、嬉しくない」 そうこうしている内に婆娑羅屋の二人は、壊れた紫ちゃんの簪と壊れたあたしの傘を手に取っていて。 「明日には修理終えるから」と望さんが優しく笑って立ち上がる。「次はどんな剛毛にも負けないように硬くしときますね」やっぱり優しくなかった。紫ちゃんの顔が恐怖に染まっている。 「んじゃおちびさん、着付けてやっから。立て」 「謎の命令形……紫ちゃんはいいんすか」 「俺目元ゆるい感じの女よりちょっときついくらいの女のが好きなんだよ」 「ごめん答えになってないです」 はっとした顔で「あ、私お邪魔です?」と問いかける紫ちゃんに、有也さんは笑顔で「空気の読める女は好きだぜ」と答える。何なんだこの人まじで。そして紫ちゃんは風呂敷抱えてそそくさと部屋出ていくなよ。望さんも一緒に出て行くなよお! 「まああっちは、望がやるから」 「さいですか……」 あたしの反応にくくっと喉を鳴らして、有也さんは耐えきれないといった風に笑った。「ふはっ」なんて笑い方はどこぞのマロ眉を彷彿とさせたが、……うん、触れないでおこう。 |