柔らかな温度 [59/118]


あ〜これ完全に血ぃ流しすぎだわ〜とふっらふらする身体に走る激痛鈍痛えとせとら。
これあたし死ぬんじゃねーかなと思いながら、スタート地点で待機するよう伝えておいた兵達のところに戻った。
ぼろぼろのあたしと紫ちゃんを見て、兵達はわらわらと駆け寄ってきてくれる。
大丈夫ですか、お怪我の具合は、すぐに薬師に見せなければ。口々に心配の言葉を向けてくれる兵士さんたちに、申し訳ない気持ちが今更ながらにつのった。

孫市を見逃したのは、あたしと紫ちゃんに孫市を殺す覚悟が無かったからだ。孫市が西軍につくのはアニキの事を考えると少し面倒に思えたからだ。
それは全部、あたしの勝手な都合でしかない。

ここにいる兵達はみんな、あたしと紫ちゃんの拙い指示に従って、とても良い働きを見せてくれた。あたし達が雑魚戦でさしたるダメージを受けなかったのは、そのおかげも大きい。さすが覇王軍からの凶王軍である。
そしてみんなは、孫市と契約するために、この場にいたわけで。

現状を客観的に見れば、ボスは任せろって意気揚々と向かったのに、二対一という有利な立場だったのに、契約も出来ず殺すことも出来ずのこのこ帰ってきた馬鹿な大将のできあがりだ。

「…っそれで、雑賀孫市は……」

あたしの止血をしてくれていた兵が、おもむろに呟く。一瞬で周囲が静まりかえって、うわあ帰りたいと冷や汗が流れた。それは窺ってみるに、紫ちゃんも同じようだ。

「……ごめん、契約も、撃破も、出来なかった」

絞り出すように、告げる。
しんとした周囲にその声はちゃんと響いて、全員に聞こえたようだった。
誰も喋らない。誰も動かない。ああ、気まずい。

ぎゅっと唇を噛む。この空気は、だめだ、苦手だ。
あたしは元々リーダーシップなんて皆無の人間だし、出来れば人の下について生きていきたいし、やっぱり兵を率いて戦うとか無理だったんだ。出来ないことをやろうとするからこんな気持ちになる。
上に立つ人間は、責任を負わなければいけない。この場合は孫市と契約を交わす、それが無理なら雑賀衆を撃破する、それが責任だった。
それが出来なかったのだから、責められるのも仕方ない。落胆されるのも仕方ない。責任者ってそういうもんだ。しかたない。
でも、この空気は、苦手だ。だから責任は負いたくないんだ。

「――っそれでも!朱様と紫様のおかげで、私たちは誰一人死ぬことなく、大した怪我も負わず、今ここにおります!」
「……、え、」

ばたばたと人の波を割って、一人の兵が、あたしと紫ちゃんの正面に膝をついた。
土下座みたいな体勢で見上げられる、その瞳は、きらきらと揺れている。
……確か、三つ目の陣をとった後に雑魚兵を蹴散らしていたら、ここは任せてって言ってくれた兵だ。

「朱様と紫様は、この場にいる誰よりも大きな怪我を負っています!お二人が雑賀孫市相手にどれだけ戦われたのか、この場にいるどの兵もが理解しております!だからどうか、どうか己を責めないでください、私たちはあなた方が、朱様と紫様が生きていてくださったことが、何よりも嬉しいのでございます!」

泣きそうな顔で叫ぶ兵を呆然と見下げ、紫ちゃんと目を合わせる。
紫ちゃんもぽかんとして、眼下の兵と、周囲の兵達と、そしてあたしをきょろきょろと見ていた。何が起きたのか理解していない顔だ、あれは。……それはあたしもだけど。

「三成様からの命を果たせなかったのは、朱様と紫様だけでなく、ここにいる我ら全員の責でございます」
「紫様も朱様も、生きて帰ってきてくださって良かった」
「さあ、ささっと城に戻って医者に診せましょう!って、帰るのにも朱様のお力が必要なんだっけか……」

「朱様、紫様、これから先も、私たちの命を使ってください。お二人の征く道が、私共の生きる場所でございます」

うわ、やばい。

「やばい紫ちゃん、あたしちょっと泣きそう」
「朱ちゃんめっちゃ笑顔だけどね?…でも、うん。わかる」

あたし達と一緒にいる兵がこんなに優しいわけがない。そう心の中で茶化さなきゃやってらんないくらいには、胸がいっぱいだった。
石田軍こんな良い人ばっかりだったっけ?兄妹の法則?上がちゃらんぽらんだと下がしっかりするあの法則なの?三成と大谷さんがあんなんだから石田軍の兵士は必然的に優しさがアップするの?って気持ち。
くそ、何でこんな良い人ばっかなんだ。いっそ責めてくれた方が楽だってのに。それはそれでキツいけど。

まあ、でもどうせ後で三成と大谷さんにはしこたま責められるんだろうし、今はぬるま湯に浸かっててもいいか。

「……ありがとう、ございます」

そっと呟けば、礼を言われることじゃありませんと止血をしてくれていた兵に背中を叩かれた。
痛かったけど、それがなんか、ちょっとだけ嬉しかった。

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