シナリオ・ロール [58/118]


孫市の銃に仕込み刀で応戦する朱を見ながら、紫は小さく息をついた。
己の能力を知り、使えるようになったとは言え、実戦経験の少ない今はまだそれに慣れていない。実戦で強心毒を使ったのも初めてだった紫は、少なからず自分の消耗を感じ取っていた。
それは朱も同じであり、現状ほぼ孫市と互角の戦いを見せてはいるものの、まだどう転ぶかはわからない。

「……っ、」

そして孫市は、目前の二人がここまで戦えるとは正直思ってもみなかった。
油断をしていたわけではない。慢心していたわけでもない。
しかし少なくはない年月を戦場で生き抜いてきた孫市は、己の眼と勘を信頼していた。そして孫市の眼に朱と紫の姿は戦などろくに知らない女子供として映り、戦えはしても生き抜くことは出来ない人間だと思える。
それは孫市を筆頭とする雑賀衆が、契約を結ぶほどの人材だとは思えなかった。

孫市が読み違えたのは、その点である。

「後ろとーった!」

朱が孫市の背後に迫り、刀の柄を項に強く叩き付ける。
視界が明滅し、地面へと倒れ込む孫市を見下げ、朱は浅く息を吐いた。その身体には、直撃は避けているものの数え切れない程の銃痕が残っている。
流れている血の量は朱の方が上だろうことが見て取れた。
孫市が昏倒している隙に、紫が浮毒を宙に舞わせる。すぐに己の変化に気が付いた孫市は目を見開き、うまく動かすことの出来ない身体に歯を食いしばった。

「毒にも色んな種類があるんですよねえ。麻痺させるのとか、筋肉動かせなくなんのとか」
「……それほとんど意味一緒じゃね?」
「かっこつけさせてよ朱ちゃん……」

ごめんね、とかわいこぶりながら謝る朱を何とも言えない表情で見やり、紫は立ち上がって孫市へと近寄る。
朱と紫の身体には元から紫の能力の一つ、身体に害のある全ての毒性を除去する澄毒が纏わされている。よって、二人が浮毒の害を受けることはなかった。

「結局二対一になっちゃいましたけど、決着はついたようですね、孫市さん」

念のため朱が影を踏んでいるため、身動きの取れない孫市は視線だけを二人へ向ける。
勝利にほっと胸をなで下ろすでもなく、地に伏せる孫市を嘲笑うでもなく、ただ淡泊な表情で己を見下ろす二人の姿に、柄にもなくぞっとした。何を見間違えたのかがすぐには理解できない現状にも、孫市は顔を顰める。

けれどそれは、すぐに理解できた。
二人の表情、行動。それらに全てが含まれていたはずなのに、前提から間違っていたのだと、孫市の頬に冷や汗が垂れる。なぜそれが今まで分からなかったのか。

「お前達は……我らと契約を結ぶつもりが、無いな…?」

この状況であっても震えることのない孫市の声に、二人はにこりと笑みを浮かべる。
孫市に目線を合わせるように朱がしゃがみ込んで、「さすが孫市姉さん」と目尻を下げた。それは孫市にとって意外にも、優しく映る笑みだった。

「あたし達は雑賀衆と契約を成すことができなかった。その場合は殺せと言われていたので殺すつもりでかかったが、後一歩のところで逃亡を許してしまう。石田軍は雑賀衆と契約できず、孫市の撃破も叶わず。雑賀衆は東軍と契約してしまう」
「何を……、」
「それがあたし達のシナリオなんですよね。記憶にないルートに行かれると、未来にノイズがかかるんで」

朱の言葉がすぐには飲み込めず、孫市はじっと朱を見つめる。

「まあぶっちゃけそんなん建前で、ただ単に孫市姉さんを殺す覚悟がまだ出来てないってだけなんすけどね!」
「数少ない女キャラだしねえ……」

ねー、としみじみ頷き合う二人。
そうして朱は立ち上がり、未だ動くことの叶わない孫市を見下ろした。

不意に何十人もの足音が地に響き、孫市は目線を移す。その先には、何十匹もの蝶々に取り憑かれるようにして進む、雑賀衆の兵の姿があった。
此度の戦で生き残った雑賀衆の兵すべてがそこにいる。朱は孫市の影から離れ、影人形で操っている兵達を孫市の周囲に集めた。
朱と紫が二人揃って孫市から距離をとり、ゆっくり立ち上がった孫市へ手を振る。

「近いうちに家康がここに来ます。契約の赤い鐘、鳴らしてあげてくださいね、孫市さん」
「今回は殺せないから逃げさせてもらうけど、次会ったときはちゃんと覚悟して来ますから」

二人の影が、小さく揺れる。

「じゃあまた、どこかで」

そして二人は影の中へ沈み、そこには蝶々から解き放たれた兵達と、敗北を喫した孫市の姿が残った。

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