ある兵士の胸臆 [56/118]


モブ視点


朱様と紫様が石田軍に入られたのも、もう随分と前のような気がする。
最初は素性の分からぬ女を二人もこの軍に入れるなど、三成様は何をお考えになっているのかと思ったが、それは杞憂だった。
お二人が来てから石田軍は変わった。
優しく接してくださる紫様と、いつも明るい朱様。お二人の賑やかさは、秀吉様が亡くなられる前……家康殿が反旗を翻す前の雰囲気を思い出させてくれる。
三成様と刑部様も、ほんの僅かではあるがおだやかになった。

朱様と紫様にとっては初陣となる今回の戦。
かの雑賀衆相手に、お二人は初陣とは思えない鮮やかさで戦っている。つい最近までは、刀の振るい方も知らないような人たちだったのに。


朱様は戦の前に、まだ実力も実績も足らないと、この場に自分たちが立つことに疑心を抱く者もいるだろうと仰ったが、私はそうは思わない。
私だけではない。この場にいる兵の誰一人として、そんなことは露程も思っていないだろう。

確かに、お二人が兵を率いる事が出来るのかなんてものはわからない。
戦に出たことのないお二人だ。三成様や刑部様と比べれば、それは確かに拙いものだろう。
だけど私達は、お二人が今までどれだけの努力をしてきたかを知っている。

軍に入った当初は、一人の兵を相手取るにも苦労されていたお二人が。毎日、暇さえあれば鍛錬を続け、今や数十人の兵を相手にしても引けをとらない、……いや、何人もの兵が束になろうと決して敵わないほどに、強くなられたのだ。
きっとお二人は、戦う術を知らなかっただけなのだろうと思う。
それさえ知ってしまえば、身につけてしまえば、朱様と紫様に敵う者などいないのだと。そう思ってしまう程に、お二人の戦う姿は凄まじかった。


私達は、石田軍の兵だ。
秀吉様に仕え、秀吉様亡き今、後継である三成様にお仕えする兵だ。
三成様を悪く言う民も少なくはない。しかし私は三成様に仕えられる事を誇りに思っている。

そうして今は、朱様と紫様に仕えられる事も。


あのお二人は、石田軍にさしていた影を晴らしてくれた。
彼女たちは光だ。静かに照らし、地を温めてくれる朝の日だ。
唐撫子と花菖蒲の混ざった色で闇を照らす、柔らかな日。


あなた方の為ならば、この命も惜しくはない。
朱様ならば、紫様ならば。この命をふいにはせず、次に繋いでくれるだろうという確信があるから。

だからどうか朱様、紫様。お二人は自信を持って、私達の前を歩んでください。
私はその背をお守りするために存在している。その命令を受けるために刀を手にしている。あなた方の手足となり、助力になるため、此処にいる。


「朱様!此処は我らに任せ、次の陣へお進みください!」
「おお……ん、ありがと!」


戦の最中でも笑みを浮かべるあなた方がいるから、私達は生きようと思えるのです。
どうかそれを、知っていてください。

そしてどうかあなた方は、朱様と紫様は、生きてください。いつまでも、三成様と刑部様と共に。

石田軍には、あなた方が必要なのですから。

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