初陣に装飾 [55/118]


そんなわけで私たちは今、朱ちゃんの影送りで総勢五十人ほどの兵士を率いて、雑賀荘に来ていた。
顔を合わせた孫市といくらかの話を交わしたのはほとんど朱ちゃんで、私は孫市かっけえ…なんて思いながらそれを後ろから眺めていて。
「では貴様達の力が契約に値するか、見させてもらおう」と陣の最奥へ引っ込んでってしまった孫市に、石田軍と私たちは、見覚えのあるスタート地点に佇んでいた。

そう言えば朱ちゃんと「孫市に会ったら「僕と契約して魔法少……女?に、なってよ!」って言おうね」って話してたのに言うの忘れたなあ。


規則正しく並んでいる、石田軍の兵士。
その正面に私と朱ちゃんは並んで、朱ちゃんだけが一歩前に出る。
ぎゅうっと強く握られた手に、緊張が見えた。

「……あたし達は、貴方達を率いるには、まだ実力も実績も足りないと思う」

震える朱ちゃんの声に、ほんの少しざわついていた兵士達が黙り込んだ。

「でも、あたし達は大谷さんと三成様に、貴方達の命を預けられました。だからあたし達は貴方達を己の兵として扱う。貴方達を己の手足だと思う」
「あたし達が此処に立っている事に、疑心を抱く人も少なくないでしょう。だけど、今この場ではあたし達に従って欲しい」
「この戦は、前哨戦にすらならない序の口です。命を賭けるべき場面ではない。危ないと思ったらすぐに身を引いてください」
「だけど貴方達が、此処が己の死に場所なのだと思ったなら、逃げずに突き進んでください」
「その上であたし達は、貴方達を、三成様の兵を死なせはしない。此処はまだ、貴方達の命を使う場所じゃない。貴方達の命は、こんな場所で、あたし達のために散らしていいものではない」
「死ぬのなら、三成様の為に、もっと先の戦で死んでください。あたし達だけじゃなく、三成様はその死を無駄にはしないはずだから」

すっかり静まった兵士に向き合い、朱ちゃんがすぅっと息を吸った。そしてすぐに吐き出し、ちらりと私に視線を向ける。
その目が今にも泣きそうで、今までの言葉とのギャップにちょっと笑えた。
朱ちゃんも私の顔を見て苦笑し、すぐに兵士へと視線を戻す。

「陣の奪取と各武将の撃破はあたしと紫ちゃんが。奪取後の陣の守護、及び一般兵の足止めを貴方達には担当してもらいます。詳細はあらかじめ伝えていた通りに、緊急時は各自の判断で行動してください。敵はなるべく殺さず、けれど貴方達の命を、そして任務の遂行を最優先に!」
「おおお!!」

その場にいる兵士がみんな、大きな声で応えてくれた。

ほっと胸をなで下ろしている朱ちゃんに「お疲れ様です」と声をかける。
「ありがと」となんとも言えない顔で笑った朱ちゃんは、名前を呼ばれてすぐに兵士達の間へと駆けていった。

……やっぱりすごいなあ。
私はリーダーとか人を率いるとか、そういうのは苦手で。っていうか絶対そんなん出来なくて。やろうともやりたいとも思わない。
朱ちゃんもやりたくないのは同じなんだろうけど、私と違うのは朱ちゃんにはそれが出来る、ってとこだ。
三成とも家康とも毛利とも長曾我部とも違うけど、朱ちゃんはリーダーポジションって似合ってると思う。本人は嫌々だとしても、出来る人がやるのが一番だ。

「っし、んじゃ行こ、紫ちゃん!」
「あ、うん!」

ぽんっと背中を叩かれて、走り出した朱ちゃんの後を追う。
それに続くように五十人ほどの兵士達も走り出して、なんだかぞくりとした。

私たちは今、ゲームじゃない現実で、戦の真っ直中にいるんだ。それがただの、雑賀衆に力を見せる為だけのものだとしても。
生死のかかっている、戦の中に。

「進行はいつも通りでいい?」
「……うん、じゃあ私は先に行くね」
「おっけ。言うまでも無いだろうけど、隠れ陣もよろしく」
「いっつもそこ私担当だよねえ……」

軽くハイタッチをして、ひとつめの陣の手前で朱ちゃんと別れた。
いつも通り、ってのはゲームをしていた時のことだ。
ひとつめの陣は朱ちゃんがとって、二つめの陣と隠れ陣は私がとる。その間に朱ちゃんが三つめ、四つめの陣をとって、私が五つめ。最後に孫市がいるところの陣をジャンプ台で飛んだ朱ちゃんがとって終わり。
これが、私たちが一緒にゲームをするときの進め方だった。時々違いはあるけれど。

「さ、てと……」

束ねている髪から簪を抜き取って、軽く振る。
構えた簪は毒をまとった刀となって、周囲に毒素を撒き始めた。

もうこの毒で、味方を、大切な人を傷付けることはない。これは朱ちゃんと官兵衛さんを守る為の力だ。私の、大切な人の為に使う力。
雑賀衆の兵が放ってきた弾丸も、私に届く前にぐずぐずに溶けて、地に落ちる。

「私もたまには、ちゃんと働きますか」

面倒だと思う気持ちを心の隅に追いやって、迫ってくる兵達に向けて、刀を振るった。

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