覚めて、醒めて [4/118]


目を覚まして、傍らに控えていた女中さんが連れてきてくれた三成と大谷さんに事のあらましを話したのは、数分前のこと。
あたしと紫ちゃんの話を疑い半分に聞いていた二人に信じてもらう術は無いけれど、どうも見た感じ三成は紫ちゃんを好いているようだった。好いている、というか……気にかけているというか。
ほんの少し複雑だったけど、それを気にしてはいられない。

「あたし達は異なる未来から来ました。このままだと多分、石田軍は徳川軍に負ける。そんな未来を、あたし達は変えたいんです」

どうにかこうにかシリアスぶってみるあたしを、紫ちゃんはちらっと横目に見て、すぐに目を逸らした。傷付く。
けれどまあ、とりあえずあたし達の目的は理解してもらえたらしく。
「好きにしろ」と席を立った三成が部屋を出て行くのを見送って、しばらくの沈黙の後、大谷さんが口を開いた。
包帯の隙間から覗く唇は、色が悪く、少しかさついている。

「ぬしらはわれらの力になりたいと言うが、戦うことなど出来るのか?」

その言葉に小さく笑みを作って、でも眉尻は下がった。
――出来ますよ。答えて、利き手を見下ろす。

まだ残っている、人を斬った感触。
きっと布で血水を拭いて、服も替えてくれていたのに、鼻の奥にこびり付くような血臭と肌に残る血脂の感覚。
多分一生忘れないんだろうなと思うけど、……思うだけだ。

「それにどうやらうちら、婆娑羅者だっけ?みたいですし」

見下ろしていた掌に意識を集めれば、ぶわりと闇色の霞が周囲に広がった。
まるで懐いてくるかのようにその闇はあたしの身体を取り囲んで、ふわふわと漂っている。
それはあたしだけでなく、紫ちゃんも一緒。

闇属性の婆娑羅者らしいあたしと紫ちゃんを見やって、大谷さんはほんの少し驚いた後に笑みを漏らした。

「それは良い。ならば、義のため三成のため、存分に働いてもらお」
「……そのつもりです」

大谷さんの「まずは婆娑羅屋を呼ばねばなァ」との言葉に、あたしと紫ちゃんは目を見合わせる。
婆娑羅屋。聞き覚えというか、見覚えがある言葉だ。
曰く、そこで戦装束的なものや武器を見繕ってもらうらしい。
婆娑羅者ならば、その者に合った物を作ってくれるそうだ。

武器、ねえ。

「話はこれで終わりよ、オワリ。ぬしらは暫し養生するがよかろ」
「あ、はい」
「……ああ、いや、やはりそっちの……」

ふわりと浮きかけた大谷さんの視線が、あたしに留まる。
ちょっと首を傾げてから「……朱です」と告げれば、「そうであった」とヒヒヒッなんて笑い声を漏らした。
名前覚えられてなかったかー…。

「朱、ぬしはわれに着いて来せ」
「、……え?あたしだけっすか」
「うむ、ぬしだけで良い」

瞠目しながら、縋るように紫ちゃんへ振り向く。
けれど紫ちゃんは、良かったじゃ〜んとでも言いたげな表情で「いってらー」と軽く手を振り、既にまだ敷いてあった布団に片足を突っ込んでいた。
こいつ寝る気満々だな?

仕方なく溜息をついて、わかりましたと立ち上がり、部屋を出て行く大谷さんの後を追う。
あたし達が寝させられていた部屋はどうやら大阪城の深い所だったらしく、大谷さんの部屋も割と近くにあった。
招かれた室内は薄暗くて、ほんのちょっと湿気ている。
裸火の明かりだけが部屋を照らしているものだから、正直、ホラーの類があまり得意ではないあたしには少し怖かった。その部屋のど真ん中に大谷さんがいるのだから尚更。

そこに座りやれと、大谷さんの珠が彼の正面に座布団を置く。
大谷さん、燭台、あたしといった状態で座布団に腰を下ろしながら、こんな図どっかで見たなあとぼんやり記憶を探った。

ああ、大谷さんと毛利の密約ん時だ。

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