泣けない弱虫 [50/118]


翌朝。
佐助から解放され、湯を浴び、昨日と同様に幸村と朝食を摂った朱は、二人に見送られ上田城を後にした。
幸村は屈託のない笑みでもって朱を見送り、朱も疲れが滲んではいるものの他意のない笑顔を返す。
しかし佐助に対しては笑いも怒りもせず、ただただ無表情で別れた。

「これから、同じ西軍として佐助と顔をつきあわせることも、下手したら手ぇ組むこともあると思うし、そん時はあたしも佐助の力を信頼して動いて対応するよ。でも、あたしは佐助を許さないし、許すつもりもない」

幸村から数歩離れ、聞こえないよう小さな声で佐助に告げたのは、朱なりの最後の優しさだった。
朱の言葉に佐助はにんまりと口角を上げ、朱の頬に触れる。朱はもう疲れ切っているのかそれを払うことも避けることもせず、緩慢な動作で佐助を睨むだけに留めた。

「それでも俺様の名前呼んで、気も遣ってくれるんだから、朱ちゃんは優しいよねえ」
「うっせ死ねクソ猿」

ガンッ、とブーツのヒール部分が当たるように佐助の足を力一杯踏んで、朱は幸村と佐助に背を向ける。
強く強く踏まれた足を痛がりつつも、去りゆく朱を見つめる佐助の瞳は、やはりどこか歪んでいた。


――…


上田城からいくらか離れた所で影送りを使い、朱は大阪城へと帰還する。
同盟の書を幸村に渡した、という報告は本来なら三成にすべきなのかとも考えたが、結局朱は吉継の自室へと歩を進めた。
今の心境で、三成を前に平常心でいられる自信が無かったからだ。

しかし吉継の自室へと辿り着いた朱を迎える者は、誰もいなかった。

「ええ……大谷さん不在かよ……」

なんだよちくしょうせっかく来たのに、とぼやいてから、朱は踵を返し己の自室へと向かう。
影送りを使えば吉継の元へと行くのは容易だったが、今、吉継が朱を迎えられる状況にあるとは限らないのだし、まず朱自身そう何度も影送りを使えるほど体調が回復してはいない。
そう考えはするものの、結局言い訳だ。朱は自嘲気味に肩をすくめた。

真田軍の元へ向かう直前に「刑部のバカアアア」と絶叫して大阪城を出たのは失敗だったと、過去の言動を悔いる。
その結果、いつもならばそれなりに一緒にいて落ち着ける吉継ですら今は会いづらい存在となっているのだから。
となると、今一番会いたい、会って話したいと思うのは紫なのだが、恐らく官兵衛のところにいるだろう紫の邪魔をする気にもなれず。

ようやく辿り着いた己の部屋にそっと入って、朱は部屋の隅に畳んで置いてある布団へと崩れるように倒れ込んだ。

「あーもー、何もしたくない。このまま寝たい。出来れば永遠に」

全身の疲労に、下腹部の違和感、腰への鈍痛。佐助のこと、自分のこと、西軍のこと、戦のこと。朱を苛むモノは山のようにある。
横向きに寝ころんで手を握ったり開いたりしてみながら、深くため息を吐いた。

「少し休んだら大谷さんに報告行って、ご飯は紫ちゃんと食べよう……んで紫ちゃんと色々話して、落ち着いたら、これからのこと考えなきゃ……」

真田だけでなく、毛利や長曾我部など、これから同盟を組むであろう諸国はまだまだたくさんある。
それら全てに関わるわけでは無いだろうが、朱の能力の特性上、吉継が朱を使うことは多々あるだろう。それはもちろん、面倒だとは思うものの、朱も理解している。
西軍のため、三成のため、ここで生きると決めたのは自分だ。朱は掌をぎゅうと握りしめ、瞼を閉じた。

「――大丈夫、まだ頑張れる」



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