もう知らない [49/118]


結局その日も体調が回復しなかったので、真田軍にお世話になってしまった。

一人の部屋でぐっすり眠れるわけもなく、壁にもたれてぼんやりとする。
佐助だって暇人じゃないんだろうし、そうそう此処には来ないだろう。
そう思っていてもあの布団に寝転がるつもりにも、女中さんが持ってきてくれたご飯に手をつけるつもりにもならなかった。

あんな形で初めてを失うことになるとは思わなかった。
好きな人とどこそこで、みたいな夢を持っていたわけじゃないし、まあいつか成り行きでなくすんだろうなあとは思っていたけど。
それがまさか、薬盛られて無理矢理だとは。ここまでくると笑うしかない気がする。
ほとんど覚えてない、とかならまだ良かったかもしれないけど、時間が経つにつれあの時の状況が割と鮮明に思い出せるのだから救いようがない。
抵抗できないどころかするつもりも無くて、ただ苦しくて、それから逃れる術は目の前にいる佐助しか持っていなかった。だから縋った。薬のせいだとわかってはいても、あんなの同意の上でヤったのと同じだ。

「はー……大阪城帰りたくない」

こんな状態で、大谷さんや三成と顔を合わせられる気がしない。

「じゃあ、ここに残っちゃう?」
「――…っ!?」

かしゃん、と投げ出していた両手に何かが取り付けられた。
重たいそれに背筋が震えて、真っ暗な部屋の中、声の主を捜す。

ちゅう、と、目尻に唇が触れた。

「っ、……佐助」

間近にいる、その人を睨み付ける。
佐助は暗闇の中でにこにこと薄気味悪い笑みを浮かべて、あたしの横で膝立ちをしていた。片手は、あたしの頭を梳くように撫でている。
離れようとした、けれど、手首がぐいと引っ張られて、あたしは床に転がった。
手首から感じる硬い感触。……手枷、か。鉄製らしいそれはひんやりと重く、あたしの両手を、動きを、封じている。
どうやら手枷から延びた鎖の先は、室内の柱に留めれているようだった。

「……何のつもり?」
「いや、朱ちゃん多分俺様が来たら逃げるだろうなーと思って」
「ほんっと、タチ悪い……」

がちゃがちゃと両手を動かしてはみるものの、手枷は外れそうになかった。…当然か、あの佐助が持ってきたものなんだから、その拘束力は強いに違いない。

「俺様さー、本当に朱ちゃんのこと好きなんだよ?」
「だったらもうちょい手順踏んでくれてもいいんじゃないんすか」
「それはそうだけど、だって朱ちゃん、好きな人いるじゃん」
「じゃあ諦めろよ」
「やーだ。だからさ、せめて朱ちゃんの中に、俺様をいっぱい刻みつけとこうと思って」

ね、と佐助があたしの眼前に差し出したのは、小さな……壺、って言えばいいのか。小瓶のようなものだった。蓋のついてるとっくり、というか。
訝しげに目線を上げるあたしに、佐助はにんまりと口角を上げる。

「昨日と同じ薬だよ。量は三割増くらいだけど」
「、……っは、…?」

昨日の、三割増って。昨日の量でも、あんなに苦しかったのに。

「痛いより気持ちぃ方がいーでしょ?大丈夫、俺様が優しくしてあげる」

きゅぽんと、部屋の中に蓋の取れる音がいやに響いた。
まるで死刑宣告でもされたような気分で、その入れ物が、あたしの口元に近付いてくるのを眺める。
やばい、そんなの、あんなに苦しかったのにその三割増とか、死んじゃう。

強く唇を噛んで、影に念じる。
大阪城へ、大谷さんのとこへ、今すぐ!
ぶわりと影が広がったことに気が付いて、佐助は手の動きを止め、少し警戒心を滲ませた。
あたしは暗闇に溶けるようにして、自分の影に沈んでいく。
良かった、きっと後ですっごい疲れるだろうけど、ここで佐助にまた犯されるより全然マシ。これで、この人から、逃げられる。

そう思った。そう、思ってた。

ガキンッ、と鈍い音がして、引っ張り上げるというよりは押し出されるような感じで、あたしは元いた床に転がっていた。
え、え、何で。混乱のままに、また影送りをしようとする。出来ない。途中で引っかかる、感じで元の場所に戻される。何で?

「……ふうん、それ、建物に繋がれてたら移動出来ないんだ」

不便だね、と佐助があたしの顎をすくいながら、嘲笑する。

「っは……も、最悪」

口付けられたとこからぬるりとした液体が流れ込んできて、舌先が熱くなる。
もういいわ、知らね。めんどくさい。変に抵抗して痛いのもやだし、どうせ、朝になったら幸村への体裁があるんだからこの鎖も解かれるし。そうしたらさっさとおさらばして、どこにでも行けばいい。適当に、どこにでも。

こくん、とその液体を飲み込んだ。
うっすらと伏せていた視線を上げれば、佐助は狂ったような、愛しげな瞳で、あたしを射抜いていた。

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