一歩進んで二度殴る [48/118]


翌朝は、幸村と共に朝食を頂くことになった。
さすがに幸村の手前、食べ物に何かしら仕込むことはしないだろうと申し訳程度にそれらをつまむ。全て食べきるような元気は無かった。

「朱殿、ゆっくり休めただろうか」
「ええまあ、はい。おかげさまで」

にっこりと嫌味ったらしい笑みを幸村の背後にいる佐助に投げかけてやれば、わざとらしく佐助は眉尻を下げた。
幸村はあたしの言葉をその通りに受け取り、「ならば良かった」と表情を緩める。
……ほんとにチクってやろうか。まったく。


「昨晩佐助に言われ思いついたのだが、朱殿、もしよろしければ某と手合わせをしては頂けぬだろうか」
「……はぇ?」

食後、お茶を頂いていれば幸村が問いかけてきた言葉に、思わず変な声が出る。
幸村と手合わせだと?この体調で?腰と股関節めっちゃ痛いんですけど。
大丈夫それ、あたし消し炭とかになんない?
ちろりと佐助を睨むように見やれば、てへぺろーって感じに笑っていた。うん、やっぱりこいついつか殺そう。

「朱殿は佐助に一泡吹かせた事もあると聞き申した。是非、一手ご教授願いたい」
「い、いいいやいやそんな大層なものじゃ……!ええと、むしろこちらからお願いしたいくらいです。あたしはまだ、修行の身ですので」
「ではさっそく、道場の方へ参りましょうぞ!」

ああん幸村眩しい。断れなかったちくしょう!
うおおおと元気良く部屋を出て行く幸村を生ぬるい視線で見送り、あたしも立ち上がる。うっ腰と股関節が痛い。歩きたくない。
佐助がくくっと肩を揺らして笑いながらそんなあたしの肩に触れたので、とりあえず払っておいた。

「朱ちゃん冷たーい」
「ぶん殴られないだけマシと思えよクソが」
「女の子がそんな事言わないの!」

言わせてんのはあんたなんだけどな!

結局後ろにひっついてくる佐助から逃げることは出来ず、幸村が向かっていった道場へとふらふら歩いていく。
ここでハッキリと佐助を拒絶できない辺りがあたしはダメなんだろうな、うん。正面切って拒否れる強い心を持ちたいものだ。
「嫌です」って目だけ笑ってない笑顔で即言ってのける紫ちゃんを見習いたい。
つってもまあ、そうそうすぐに見習えるのなら苦労はしないんだが。


今回は傘を持ってきていなかったので、道場で刀を借りることになった。
幸村も戦に出るときに持ってた二槍を手にしているので、どうやら実戦形式の手合わせらしい。これまじであたし消し炭になりそうだな。

日本刀を手にするのはこの世界に来たばかりの、あの日以来だ。
あまり手に馴染まないそれはやっぱりずしりと重い。数回振って感覚を確認し、正面で構える幸村に向き直った。
下半身死んでるけど、まあなんとかなるでしょう。多分。

「では朱殿、よろしくお願い致しまする!」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」

佐助の合図で幸村が床を蹴る。
うおおおと雄叫びをあげながら槍を振りかぶる幸村を、避けるか受け止めるか一瞬悩んで受け止めることにした。
振り下ろされる槍を縦にした刀で受け止め、刃先と刃先を撫でるようにしていなす。ギャリリと耳障りな音に顔を顰めて、もう一本の槍は上げた片足で防いだ。

ニッ、と幸村が口角を上げる。あたしも小さく笑い、身を屈めて今度はあたしから仕掛ける。
前に出たかと思わせて一歩身を引き、刀の柄の部分を幸村の腹部に埋めるように突き刺す。
が、幸村はギリギリのところで身体を後ろに引いて衝撃を和らげた。それを追い掛けるように下方から斬り上げる。受け止められる。
すぐに右手から迫っていた槍の、刃がついていない部分があたしの脇腹を抉り、あたしは数メートル吹っ飛ばされた。おおお痛い…内蔵が……!
どうにかこうにか倒れはしなかったので、体勢を立て直し今度はフェイントを織り交ぜながら幸村へと刃を向ける。
数回打ち合ったところで幸村の二槍にめらりと炎が灯るのを目にし、エッそういう技使って来ちゃうんです?と全力で顔を引き攣らせながら距離を取った。

消し炭にはなりたくない。幸村が属性技的なものを使ってくるのなら、こっちだって。
元よりあたしの能力はこういったタイマン勝負には向いてない。潜って、ひそんで、隙をつく。そういうものだ。

「なっ…!?」

とぷんと影に沈んだあたしに、幸村が驚きの声を上げる。
この部屋にはあまり濃い影が無い。幸村と戦いながら影送りを使うとするなら体力はなるべく残しておきたいし、二、三度程度が限度だろう。
でもまあ幸村の影を踏んでしまいさえすればそれで終わりなのだし、……。

ふと考える。
ここであたしは、まあ仮に勝てたとしたらの話だけど、幸村に勝っていいんだろうか。
ボロ負けが駄目だという事はなんとなくわかる。同盟を組もうとしている相手の兵士、しかも婆娑羅者があまりにも弱ければ、この同盟がおじゃんになる可能性もあるから。
だけど、じゃあ勝ってしまうのはどうなんだ。ここは、幸村に花を持たせるべき場面なんじゃないか?

幸村の隙をついて影から跳び出し、頭上から刀を振り下ろす。
すんでのところで幸村はそれを交差させた二本の槍で受け止め、弾いた。宙でくるりと一回転しながら着地し、刀を構え直す。
一瞬、ちらと佐助へ目線を向ける。あたしの考えていることがわかってんだかそうじゃないんだか、ただ佐助はにこにことあたしと幸村の打ち合いを眺めていた。

「隙ありぃ!」
「うえっ、」

腹部へと突き刺すような動作で向かってきていた槍を、ぎりぎり、本当にギリギリのとこでどうにか刀で防ぐ。
火花が一瞬散って、あたしは幸村の力に敵うことはなく、そのまま後方に吹っ飛ばされた。
道場の壁にしこたま背中を打ち付け、五秒くらい思考が固まる。
かはっなんて漫画みたいな声が出て、あ、やばい、内蔵出そう、背中めっちゃ痛い、と次の瞬間にはちょっとだけ吐いていた。つら。

いやでも結果だけ見れば、まあ、うん。
結果オーライか……。

「大将の勝ち〜」
「っは!す、すまぬ朱殿!!某は、お、女子になんてことを」
「……うっやばい、佐助お水」
「はいはーい」

わたわたと慌てて駆け寄ってくる幸村にへらりと笑い、佐助から水を受け取ってごくごくと喉に流し込む。
佐助が「大丈夫〜?」なんてにやにや笑いながら背中をさすってきてくれんのは正直やめてください状態だったのだけど、それを制するような余裕はなかった。背中マジ痛い。

「……さすが、幸村殿はお強いですね」
「いえ、朱殿も戦を覚えたばかりの女子とは思えぬ強さでござった!某、影の中から朱殿が現れた時は佐助を思い浮かべひやりといたしましたぞ」
「えー…あー、ううん……ありがとうございます」

佐助に似てるって言われんのは複雑なんだけどなあ、と小さく溢せば、あたしの背中を撫でていた佐助がぐすん、とわざとらしい泣き声を漏らした。

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -