またきて消音 [74/118]


官兵衛、紫、朱の三人を迎えてくれたのは小太郎で、すぐに案内された先で北条氏政は朱と紫を訝しげに見ながらも、官兵衛を歓迎してくれた。

現状、北条軍は未だ東西軍どちらにも属していない。
が、北条軍が東軍入りするのも時間の問題だろうと知っていた朱と紫はほんの少し逡巡をし、そして朱が口を開いた。

「北条氏政殿、お願いがございます」
「ん、なんじゃ?」

どうするのが西軍にとって、みんなにとって、自分にとって良い道なのか。
そんなものを知っているわけもなく、ただ朱も紫も、道無き道をがむしゃらに歩くことしかできない。
その中でひとまず、この場で必要な決断を出したのは、朱である。

「黒田官兵衛殿と紫をこの小田原にて匿って頂きたいのです。二人は今や西軍に追われる身。もしこの場にいることがわかればすぐにでも石田軍が攻めてくるでしょう」
「そ、そうなのか!?」
「ですが!」

大仰に驚く氏政に、朱は俯かせていた顔を上げた。

「あたしがそんなことはさせません。この小田原には、西軍に手を出させないと誓います。だから、どうか、」

「……どうか北条殿、貴方は此度の戦から手をお引きください」

凜とした閑かな声は、いやに周囲に響き渡った。
氏政だけでなく官兵衛、紫、小太郎も驚きに表情を変え、朱を見つめる。

「北条殿が東軍につかず、中立を保ってくださるのなら、金輪際石田軍だけでなく西軍に属する全ての国が、小田原には手を出さないと誓わせます。だからどうか、」

最後にはもう、縋るような声が出てしまって朱は己に苦笑した。
――紫ちゃんを最も有効的に守るには、これが一番だと思った。北条が東西軍どちらにも加わらなければ、ここはどこよりも平和な場所になるだろう。そうすれば、紫ちゃんも官兵衛も、傷付くことはない。

「お願いします」

しかしそれは、氏政にとって容易に飲める要求ではなかった。
誰しもが天下を望む時代。優位と見れる東軍につけば、氏政も東軍勝利のあかつきにはそれなりの地位が手に入る。
中立を保てば、害は無いだろうが益も無い。

「時間を、くれはせぬか。黒田殿も紫殿も必ずこの小田原にて守り通そう。しかし、中立に関しては…わしだけで決められる事ではないのじゃ」
「……わかりました。では三日後、お答えを聞きに参ります。それまで紫と官兵衛殿を、よろしくお願いします」

朱が下げた頭を起こした直後、ずっと紫と小太郎の頭に乗っていた蝶々がふわりと羽を広げて、朱の元へと近寄る。
それを撫でるように捕まえ、朱はふたつの影をひとつに合わせた。そしてまた新たな影人形を作り出し、再び小太郎と紫の元へと飛ばす。

「何かあればその子に伝えてください、あたしに伝わりますから」
「……」
「うん、わかった。……ありがとう、朱ちゃん」

頷いた二人を目に、朱は傘を広げる。
何とも言えない笑顔が、朱と、紫の、暫しの別れだった。

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