霹靂ならぬ青天 [75/118]


怒濤の数日を過ごした朱は、誰にも告げず、とある城下町の団子屋でぼんやりとしていた。
今頃大阪城はてんやわんやの大騒ぎかもしれんなあと他人事に考え、はくりと餡の塗られた団子を口に含む。

「申し訳ありません、只今店内が満席でございまして……相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ん、ああ、どうぞ」

相席なんてこの時代にもあんのか、と確かに客入りが良い店内を見回し、朱は机を挟んだ向かいに座った男に目を向けた。

「すまないな、失礼するよ」
「…………ハイ」

瞠目してしまった表情は、気取られただろうか。
朱はすぐさま視線を団子にもどし、やや慌て気味に団子をひとつ、口に入れる。

向かいに座った男はあんみつを注文し、深く被ったフードのようなものを少しだけ揺らして、お茶を飲んでいた。

「あなたはここらでは見ない顔だな。旅の者か?」
「エ、ああハイ、そんな感じです」
「そうか。その年で女子一人の旅とは難儀なものだろう。ここはワシに奢らせてはくれないか?こうして共に茶を飲むことになったのも、何かの縁だ」
「ソ、ソウデスネ……」

男は、朱に向かって湯飲みを掲げる。

「ワシとあなたの新たな絆に、感謝を!」

……ハイ。朱は諦め気味に、うなだれた。


――…


「ではあなたは大阪からここまで?馬も使わずに…」
「ええまあ」
「何故旅を?あなたのように愛らしい女子であれば、旅などせずとも……ああいや、不躾だったな。あなたにも何か理由があるんだろう、すまない」
「お気になさらず……」

どうしてこうなったんだろう。あたしはただ、息抜きがしたかったというか現実逃避したかっただけなのに。
わざわざ徳川の領地まで足を運んだのは、ここなら三成達に見つかることも無いだろうと思ったからだ。紫ちゃんと官兵衛が逃げ出した今、毛利軍にも真田軍にも家出はできない。
それがなー、まさかこんなことになるとはなー。
家康さん今あんたの目の前にいるの、石田軍の兵士ですよ。そんなん言いはしませんけども。

さっきまで美味しかった団子も緊張しているせいか味がしない。
柔らかいゴムを噛んでるみたいだ。お茶で団子を飲み下す。

「そうだ!もし行く先が無いのならだが、ワシと共に来ないか?」
「……は、」
「ちょうど女中が何人か辞めてしまってな……いや、あなたがもし仕事を探しているのなら、なのだが」

頬を掻いている家康は、フードのようなものを深く被っているから目元はちゃんと見えない。
けれど多分、人懐っこい顔で笑ってるんだろう。優しくて眩しい、太陽のような笑みを。浮かべているんだろう。

「あー…っと、それはもちろん、嬉しいお誘いなのですが、とりあえずの宛はあるので」
「そうか……残念だが、行く道が決まっているのは良い事だ」
「……、」

家康の返答に、曖昧な笑みが漏れた。

行く道、か。決まってるんだろうか。今はほんの少し、逃げているのに。
決まって無くても、歩くしかないんだけど。

「じゃあ、あたしはそろそろ……。お団子、ご馳走様です」
「いやいや、気にしないでくれ!」

腰を浮かし、家康に頭を下げて団子屋を後にする。
さて、現実逃避もこれくらいにして、大阪城に帰るとするか。
まずは三成からの斬撃をどう避けるか考えておかないといけない。大谷さんからの攻撃も避けるとなるとなかなかのハードゲーだ。あたし、生きて関ヶ原を迎えられるんだろうか。
今日明日辺りが命日になりそうな気がしていけない。

「ちょっと待ってくれ!」

歩き始めた身体を引き留める声に、びくりと一瞬震えてから振り返る。
家康は口の中をもごもごさせたまま団子屋の外に出ていて、あたしへと、真っ直ぐ目を向けていた。

「ワシはあなたとの絆も大切にしたい。どうか、名前を教えてはくれないか?」
「……、」

風が吹く。
あたしの髪紐と家康のフードがぶわりと揺れて、瞬きの後、家康の顔が見えた。
らしくもなく慌てている彼の周囲には、家康様だ家康様だと民が集まってくる。そんな様子を軽く笑いながら眺め、あたしはまた、家康に頭を下げた。

「じゃあ、またどこかで。あたしの名前なら、その内にわかりますよ」

その時はきっと、一緒にお茶なんて出来ないだろうけど。
よくわからない表情を浮かべている家康に笑みを向け、あたしは今度こそ、背を向けた。

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