のっときすみー! [44/118]


ぎゃんぎゃん騒がしかった城の最上部が静まりかえったので、多分三成が佐助を倒し終えたんだろう。
ひょこりと影から顔だけを覗かせ、ヒィハハと楽しっそ〜に笑っている大谷さんに失笑しつつ、影の中に戻る。
脳裏に彼の橙色を浮かべれば、引っ張り上げられる感覚の後、そこには驚き顔の佐助がいた。
あたしはただただ、笑うだけだ。

「本気で忍んだ俺様は誰にも見つけられない、だっけ?」
「、はは……俺様ちょーっと、アンタのことなめすぎてたわ」

ひゅるるんと佐助の手裏剣を回してみせる。それをちらと見やって、佐助はすぐにあたしへと視線を戻した。

「どうやって俺様を見つけたの?…いや、いつから分かってた?」
「前半は禁則事項です。いつから分かってたかってのは……うーん、」

「最初から」と語尾にハートをつける勢いでぶりっこしながら言ってみる。自分で自分に吹き出しそうになったがなんとか耐えた。よく我慢したよあたし。
あたしは耐えてみせたのに、佐助は軽く吹き出してあたしの肩をばしばし叩いてくる。友達かお前は。

「っはー、アンタ最高。……俺様、結構本気でアンタのこと気に入っちゃった」
「そりゃどうも」
「だけに残念だなあ、本当に、俺様が育てたかったわ」

それはごめん被りたい、と佐助に腕で作ったバツ印を向けた。
佐助はまた、笑う。けれど今度は、とても静かな笑みだった。背筋が寒くなるような。

「ふうん、そんなに此処が好きなんだ」

するりと佐助の指先が、あたしの首筋を撫でる。
唐突に変わった雰囲気にぞっとして思わずとろうとした距離は、けれど掴まれた反対の手に阻まれた。
首筋から耳の辺りへと移動した指の動きに、びくりと身体が強ばる。
「かーわい、」なんて笑まれて、こいつやべえと口元が引きつった。なんか、なんかわからんけどやばい。ここにいちゃいけない気がする。

「その初々しい反応、忍とは思えないね。房術の類は習わなかったの?」
「もう今だから言いますけど、あたし忍じゃないんでそういう類は知らんすわ。手ぇ離してください」

口早に述べて、佐助を睨め上げた。
あたしの返答にきょとんとしたかと思えば、佐助はけらけらと声だけで笑って、あたしの手をより強く引いた。
吐息がぶつかるくらいの距離まで顔が近付いて、息が詰まる。これは精神衛生上よろしくない。顔に熱が集まってくんのがわかる。
離せっつってんだから離してくださいよちくしょう!これだからこの世界の人間は!人の話を聞かないんだから!

「まあ、アンタが忍でも巫女でも何でもいーや。俺様、アンタが欲しくなっちゃった」

……何を言いやがるんですかこの人は。

おっもしかして恋愛フラグですかー!フッフーウ!みたいなテンションには残念ながらなれない。
毛利といい佐助といい、何なんだ、何でこう扱いが難しい人種から好かれるんだあたしは。あたしの好きな人がマックスに扱い難しい人間だからいけないのか。それはどうもすんませんでした勘弁してください。
いやまあほしがってるってだけで恋愛対象とは限らないからこれは自意識過剰ってやつか……そう思うと恥ずかしい、

「……んぅ、?」

な?
……現状に、思考が完全に停止した。

急に口呼吸が出来なくなって、酸素を求めて緩く口を開く。と同時にぬるりとしたものが口の中に入り込んできて、あたしの舌上を舐めた。
そのまま唇もぺろりと舐められて、ちゅっと軽い音の後、口呼吸が出来るようになる。

呆然と、今何が起きたのかを理解しようとする。
いつの間にか下げていた視線をゆるゆると上げれば、佐助が愉しそうに目元を歪ませていた。その唇が濡れていて、妙にえろしい。

「……、え、あ」

キスされた。のか。理解するのにどれだけの時間がかかったのかわからないほど、多分、あたしは混乱していた。
え、ちょ、ちょっと待とう。欲しいって、まじで、そういう意味で?

かああっと一気に顔が熱くなり、不覚にも涙がにじんだ。
口はろくな言葉が紡げないお飾りになって、とにかく佐助から目を逸らす。
何で、まじで、え?嘘だろ。ていうかこれファーストキスなんですけど。満月に照らされる屋根の上でファーストキスってムードだけはすげえ最高な気がすんだけど相手がちょっとおかしいなー!?展開もおかしいなー!何でこうなったのか!!

「もしかして初めてだった?」
「う、ううううるさい、ありえない、何で」
「好きな子と口吸いしたいって、普通の感情じゃない?」
「それをあんたが言うのか!」

ウワアアンと涙声で佐助の腕を振り払い、いつの間にやら落ちていた佐助の手裏剣を手にとって、おもっきし投げつけてやる。キャッチされた、ちくしょう!
あはは照れちゃって可愛いなーなんて笑ってる佐助が、ほんと、何この人!?なにその余裕!

「今度会ったらあんたの大将に言いつけてやるー!」
「いやそれはマジ勘弁!」

大谷さんごめんなさいどこぞの馬の骨に汚されちゃいましたあああうわああああんと泣き叫びながら、あたしは影も使わずに佐助に背を向けて走り出した。
あたしのガチな泣き声を聞いてどこかから現れた大谷さんにあやされたのは、多分その五分後くらいの話である。

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