期待を宙に [42/118]


官兵衛があの座敷牢にやってくるまでの間、他国にも多少の動きが見られた。
伊達の進軍、城をとられた真田の軍。逐一他国の状況を教えてくれる石田軍の諜報兵には頭が上がらない。
そして多分、その内にこの大阪城に忍が潜り込んでくるんだろうなあと思うと、それはちょっとだけ楽しみだった。
会うのは、どれだけぶりになるだろうか。


――…


珍しく、あたしと紫ちゃんの二人まとめて三成の部屋へと呼び出された。
何があったのやらと三成の自室へ向かうあたしと紫ちゃんの後ろを、四人分のお茶を持つ女中さんがついてくる。四人分、ということは大谷さんもきっとそこにいるんだろう。

「朱でーす」
「紫です」
「入れ」

そっと襖を引き、軽く一礼をして室内に入る。
予想通りそこには大谷さんもいて、あたしを一瞥するも特に表情を変えることはなかった。
最近の大谷さんは変な顔してあたしを見ることが多いから、珍しいなと思う。
室内の空気は緊迫しているし、もしかしたら悪い報せなのかもしれない。三成の顔怖いし。あっこれはいつものことか。
もし官兵衛のとこ行くな的な話だったらどうしよう、ばっくれる準備しとこうかな。

お茶を用意し終えた女中さんが深々と頭を下げて部屋を出て行くのを見送り、あたしと紫ちゃんは二人の前に腰を下ろす。
紫ちゃんは正座、あたしは胡座を組んで。
あたしが何の用なのかを問いかけるより先に口を開いたのは、大谷さんだった。

「ぬしらは知っておるやもしれぬが、先日、徳川と伊達が手を組んだ」

告げられた言葉は存外静かなもので、けれど滲み出る苦々しさが隠し切れていない。
ぎりりと歯を噛み締めている三成はひどく表情を歪めていて、きっと一頻りキレた後なんだろうなと思えた。その時に呼ばれていなくてよかった。

「徳川と伊達が、っすか」
「知らなんだか?」
「いや、知ってはいましたけど。思ったより早いんだなあと……ねえ?」
「うん、もっと終盤だと思ってた」

紫ちゃんと二人、首を傾げる。
徳川・伊達間の同盟は関ヶ原目前とまでは行かずとも、こんな早い時期ではなかったと思う。とはいえこの世界がどのルートを軸に進んでいるのかはわからないのだし、ルートによって展開も変わるのだから、時期も変わるのは必然か。

二国の同盟が脅威であることはあたしにもわかる。
だからこそ目前の二人は苦々しい表情をしているんだろうし。三成は困るなーとかやばいなーとかじゃなくて、単に憎いだけかもしれないけど。
ひとつのことしか見えていないのは、苦しいだろうけど、楽そうだなと肩をすくめながら苦笑した。

「ぬしらの知識通りにこの世が進むわけではない、ということか。……ふむ」

考え込む大谷さんを横目に、ちびりちびり熱々のお茶で喉を潤す。
今日は茶菓子は無いのか、残念だ。最近は紫ちゃんのおかげでいっぱい食べてるからいいけど。

「彼の二国が組んだとなれば、われらも毛利、真田の辺りにでも同盟を申し込んだ方が良いやもしれぬなァ」
「そんなものは必要ない!秀吉様の遺された兵が、あのような者達に負けるはずが無いだろう」
「とはいえ三成、やはり徳川と伊達が組むのは厄介なものよ。ぬしの敵は徳川であろ?伊達などという羽虫の相手をしている余裕はなかろ。真田は伊達を相手取らせるにうってつけの当て馬よ、当て馬」

幸村に謝れよと苦笑気味にその言葉を聞き流した。
三成は渋々といった感じで大谷さんの言葉に頷き、同盟云々の旨を了承する。

毛利へは大谷さんが文を出すとして、真田の方はとりあえず様子見だそうだ。もしかしたら真田側から同盟の申し出がくるかもしれないし、ってことで。

「朱、紫、もしやぬしらにも頼み事が増えるやもしれぬ」
「わかりました」
「……それはいいんすけど、大谷さん、あたしを飛脚かなんかだと思うのはやめてくださいよ」
「ヒッヒ、わかっておる」

ぬしは大層愛らしいわれの子猫よ、と続けられ思わずにへりと表情筋が緩む。まったくもう大谷さんってばあ!そんな言葉だけであたしを使えると思ったら大間違いなんですからねえ!
隣でブフゥと紫ちゃんが吹き出していたのでとりあえず肘でつついておいた。

「……刑部」

無言だった三成が窘めるように大谷さんを呼び、大谷さんは「やれすまなんだ」と笑いながら返して、小さな息をはいたあと再び口を開いた。

「ぬしらが戦にも使えるようになった以上、われはぬしらを兵として扱う。この先、兵を率いてぬしらが戦に出ることもあろう。それは良いな?」
「、……はい」
「朱、紫、二人には期待しておるゆえ」

そう遠くない先で、使い、使われなければならぬ日を、心して待っておれ。

あたしと紫ちゃんは静かに頷く。
期待を裏切ってくれるなよと笑う大谷さんを見て、どうにか笑い返してみせた。

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