月影逢瀬 [43/118] 大谷さんに叩き起こされたのは、それから数日後の真夜中だった。 満月と星がきらきら輝いている不気味な空を見上げながら、あっはーい、とふやけたような脳内で曖昧に頷く。月影戦だ。 「真田の忍が入り込んだ。朱、ぬしもいつぞやの傷の報復をしたかろ?」 「今はどっちかってーと寝てたかったですよちくしょう……」 ヒヒッなんて大谷さんはあたしの言葉に笑いで返し、すぐに着替えて表に出るよう言い残して部屋を去っていった。 三成の寝息を遮るのは忍びなくても、あたしの寝息はばっさり遮っちゃうんですね。ていうか大谷さんに寝顔見られたのかと思うと割と死にたいな。今更だけども。 もぞもぞと布団から這い出て、戦装束に着替える。 満月が煌々と出ている状況はあたしにとってもありがたい。さっさと着替え終わり、寝る前に飲んでいたお茶の残りを一気に喉に流し込んでから、あたしは傘を手に部屋を出た。 石田軍の忍の力を借りて屋根の上にのぼる。 夜空はきらきらとしていて、何度もゲーム画面を見て思いはしたけれどやっぱり綺麗だなと感じた。 どうせならこんな血なまぐさあい状況でなく、幸村か家康辺りと草原でまったり話でもしながら眺めたかった夜空だ。妄想は現実にならないから妄想である。ハイこの話終わり。 「……、」 目の端に何かが動いたのが見えた。 影がちらつく視界ににんまりと口角を上げて、傘をさす。 「あれ、この前のかわいー忍ちゃんじゃーん」 「どうも、いつぞやかはお世話になりました」 滑空をしていた佐助が烏から手を離し、屋根の上に降りた。その周囲に真田軍の忍が見えないのを見ると、今は単独行動をしてたのか。 にやにやとあたしを見て笑う佐助は、「久しぶりー、怪我は治った?」なんてちょっとした友達のように、気さくに話しかけてくる。 あたしもあたしで、「おかげさまで」なんて他人行儀にお返事。 佐助との、この飄々とした空気があたしは嫌いじゃなかった。この人との会話は気が楽だ。気は抜けないけれど。 「朱ちゃんだったっけ?此処にいるってことは、もしかして俺様を止めに来たとかそんな感じ?」 「そんな大それたモンじゃないっすよ。ただあたしは、」 ぱっ、と傘の向きを変えた瞬間、空気も変わった。 「遊びにきただけっ」 影の中を通り、佐助の背中に仕込み刀を向ける。もちろんそれは易々と避けられて、佐助はにんっと楽しげに笑いながら手裏剣を構えた。 まるで佐助の身体の一部みたいにくるくると自在に動く手裏剣をかわし、タイミングを計る。 相手の動きを読むなんて大層な事は出来ず、反射神経に頼るしかないあたしの戦い方はとっても不格好だ。幾度か手合わせをした三成にも散々に言われた。 だけど今は、それで佐助に一泡吹かせたい。 「さすがに今回は手加減してあげらんないよ?俺様も大事〜なお仕事だし」 「いいよ、別に。それであたしが死んだらその程度だったって事だから。それに、あたしが死んでも代わりはいるもの」 ネタをぶっ込みながら、少しずつ佐助に近付いていく。 あたしの言葉に佐助はどこか驚いているように見えたけど、そんなの気にしていられない。たった二つしかない手裏剣をかわす、それだけでもあたしには荷が重い仕事だ。 まんまるの月が、佐助の影をあたしの傍まで真っ直ぐに伸ばしてくれる。 佐助の手裏剣があたしの頬をかすったのと、あたしが影を踏みつけたのはほぼ同時で。 「影、踏ーんだ」 背後でカランカラン、と二つの手裏剣が屋根の下へ落ちていく音が聞こえた。 「……やるね」 「どーも」 口角を上げてみせてはいるけれど、じんわり、佐助の頬に冷や汗が浮かぶ。 指一本も動かせない状況を把握しているのか、その瞳が今までと比べて冷めていくのを見てぞくりとした。シリアスな佐助ってほんと良いと思う。 影踏みをしても口や表情は動かせるから、そこだけが動いている人を眺めるのはなんとなく面白い。 どうやら状況を理解したらしい佐助が、はあと溜息をついて逃れようと震わせていた身体の力を抜く。あたしはしゃがみ込み両腕で頬杖をつきながらそんな佐助を見上げ、にっこりと微笑んだ。 「金縛り系の術か……やっかいなもの覚えたんだねえ」 「そりゃ、あん時のままのあたしじゃ無いですよ。人間、成長してなんぼですから」 「ほんっと、そうだよねー。うちの大将ももっと成長してくれたらいいんだけど」 「そんなこと、いずれ同盟組む相手に言っていいんです?」 くすくすと笑いを漏らす。 「……まだ同盟組むかはわかんないじゃん?」 「ううん、組みますよ。石田軍と真田軍、その内には毛利軍と長曾我部軍も。西軍はこれからが見所ですねえ」 「まるで、先読みが出来るみたいだね。アンタ、実は忍じゃなくて巫女かなんか?」 そんなわけないじゃないですかと空笑いをすれば、だよねえと返されて複雑な気持ちになった。 こんな巫女がいてたまるかと思うが、それを肯定されるとちょっとだけモニョる。 「で、俺様いつまでこの体勢でいなきゃなんないの?」 「あたしが満足するまで?」 「おーこわ。俺様泣いちゃいそー」 今度はあははと声を上げて笑った。ああもう、この人といると笑いが絶えない。 あたしの笑い声を佐助はなんとも言えない表情で聞いていて、ふっとその笑いを消せば佐助の眉間に小さく皺が寄った。 本当、楽しい。 ひらひらとどこからか黒い蝶々が飛んできたのを視界に入れ、あたしは立ち上がった。 一歩、また一歩と佐助に歩み寄り、手を伸ばさなくてもちょっと出せば触れるくらいの距離まで近付く。 身長は当然ながら佐助の方が高いので、必然的に佐助を見上げる体勢になった。さっきから見下ろされてばかりだな、あたし。 「余計なことはせずに、ちゃちゃっと大谷さんに会いに行って三成様にボコられてきてくださいな。どうせ、佐助さんは怪我なんてしないんでしょう?」 「……!」 佐助が小さく、目を見開く。 その首筋に吸い付くように蝶々が留まって、あたしは佐助の影から足を離した。 「んじゃ、またどっかで」 自分の意志でなく勝手に動き始めた身体に戸惑う佐助から顔を背ける。 あの蝶々に操られるまま、そして恐らくゲームの通りに佐助は動くんだろう。蝶々には大谷さんと会ったと同時に佐助から離れるよう言い聞かせてあるし、多分問題ないはずだ。 「あっ、一発殴ってやろうと思ってたの忘れてた」 ひょいと飛び降りて佐助の手裏剣を拾いながらぼやく。 腕の傷の仕返しがさっきので出来たことになるんだろうか。いや一泡はふかせた?微妙なとこ? つーか佐助、武器持たないまま行かせちゃったけど大丈夫なのかな。 無機質な冷たさを掌に伝えてくる手裏剣をなんとはなしに回してみながら、あたしはそう、ぼんやりと考えるのだった。 |