はりぼて幸福論 [41/118]


数週間後、官兵衛を捕縛した紫ちゃん達が帰阪した。
三成と官兵衛には少しの傷跡が見えはしたけれど、兵の数も減ってはおらず、どうやら官兵衛は大した抵抗を見せなかったらしい。
となるとあたしが官兵衛に渡した文には既に今回のことが書かれていたんだろう。
官兵衛は、どんな気持ちで紫ちゃん達を迎えたんだろうか。
紫ちゃんは、どんな気持ちで官兵衛と向き合ったのか。

……ま、あたしには関係ないんだけど。


大阪城へと入った官兵衛は、しかし地下にある座敷牢へと囚われてしまった。
でもあれ座敷牢って言うんだろうか。牢屋にしてはスペース広いし柵も無いけど。座敷でなけりゃ土蔵でも無いあそこはなんというか、官兵衛のためだけに誂えられた棺のように思えた。
ややこしい道を通って、井戸の中に飛び込まなければ入ることは出来ない場所。
もちろんゲームと違って座敷牢内の道の先にジャンプ台なんてものがあるはずもなく、入ることは出来ても出ることは容易じゃない。
土と壁に囲まれたあそこは、いったいどれだけ冷えるんだろう。

紫ちゃんは官兵衛がそこに囚われて以来、あたしにお菓子やらなんやらを献上してきては官兵衛のところに連れてってくれと頼んでくる。
別にお菓子なんか無くても連れてったげるのになと思いつつ、あたしは紫ちゃんにもらったまんじゅうや煎餅を囓りながら、影送りで紫ちゃんを官兵衛の元に送ってやるのだった。手の空いている時は。
大谷さんと三成も、紫ちゃんが官兵衛の元へ足繁く通っているのをわかってるんだと思う。
わかってて何も言わないのだから、まあ、良いんでしょう。
ちなみに、もしこの件に関して責められたらあたしは紫ちゃんに買収されていただけだと言って逃げる。紫ちゃんごめんね。


「官兵衛さん、お布団もってきました!」
「おお、お前さんは気が利くな。ここは冷えるし鉄球は冷たいし、ちょうど困ってたんだ!」

傍から眺める紫ちゃんと官兵衛は、それなりに楽しくやっているように見えた。

囚われているという状況だけを除けば、官兵衛は紫ちゃんに甲斐甲斐しく世話を焼かれ幸せそうに見えるし、紫ちゃんも官兵衛が九州にいた時と比べればずっと近いからすぐに会える。
いつでも話せて、いつでも会えて、ってわけではないけれど、そんな縛りは些細なものだろう。
穴蔵にいる時よか美味しい物も食べられて暖かいかどうかは知らんけど布団にもくるまって眠れて。
傍目に見れば二人は、本当に仲の良い夫婦のようだ。

でもやっぱり、幸せではないんだろうな。
官兵衛が欲しいと思ってるのは多分、天下で。それを紫ちゃんも知ってて。
二人がこんな棺のような場所にいる間は絶対に、それは手に入らないものだ。だってここで官兵衛は、囚われているんだから。
自力で逃げることは叶わない。天下をとりに行きたくても、そこへ向かうための道が無い。

そんな、はりぼてのような幸せの中に浸かって、官兵衛と紫ちゃんは後どれだけ耐えられるのだろう。
あたしは、二人が何かを言ってくるまで、何もするつもりはない。

「……じゃあ紫ちゃん、後で迎えにくるから、来て欲しい時間にこの子に伝えて」

自分の影を粘土細工のようにいじり、まるで影だけを切り取ったような蜘蛛を紫ちゃんに向かって放つ。
その瞬間紫ちゃんは面白いくらいに飛び上がって、ひやあと可愛らしい叫び声をあげながら官兵衛に抱き縋った。思わず、吹き出す。

「朱、朱ちゃん、私が蜘蛛嫌いなの知ってんでしょこの鬼!悪魔!!ひいい蜘蛛気持ち悪い!!」
「ふはっ、ごめんごめんうっかりしてた、あはは」
「紫、お前さんこんな虫がダメなのか。可愛いとこもあるんだな!」

けらけらと、あまりにも場にそぐわない笑い声が満ちる中、あたしはごめんねと蜘蛛に話しかけてそれを消し、代わりに蝶々を作り出した。
どんなに光が当たろうと反射しない、影を切り取ったような蝶々。
これらに名前をつけるとしたら、影人形、ってとこだろうか。
この蝶々や蜘蛛はあたしが指示した相手に取り憑き、その人物の動向をあたしに伝えてくれる。携帯電話みたいに影人形を通して会話も出来る。元はあたしの影なのだから、増やすも消すも自由自在だ。便利な能力だと思う。
ちなみに蝶々や蜘蛛なのはあたしの趣味です。この二つってなんか中二心くすぐられるよね。

蝶々はふわふわと羽ばたいて紫ちゃんの周囲にまとわりつく。
改めて紫ちゃんはあたしの言葉に対しての返事をし、それに頷いてから影に沈んだ。

自分の部屋に出てからあたしも連絡を受ける用の影人形を一体作り、適当にそこら辺を這わせておく。

紫ちゃんは、もし官兵衛が天下をとりにいくと決めたのならそれについていくんだろう。
あたしはそれを止めるつもりはない。
でもその時が来たとして、紫ちゃんと官兵衛を手助けすることは出来ない。
だってあたしが勝たせたいのは、生かしたいのは三成だ。それは今も、この先も、ずっと変わらない。
あたしはその為にここに来て、ここに居て、その為だけに人を殺したんだから。
三成を勝たせる、生かす、ってのはあたしの目的で、紫ちゃんは今、それに付き合ってくれているだけだ。
だから紫ちゃんが自分のために、官兵衛と歩いていくと決めたのならあたしはそれを応援したいし、助けてあげたい。けどそういうわけにもいかない。
その時にあたしが出来るのは、ただ、ほんのちょっと道を作って、二人を見逃してあげることだけだ。

あたしの掌は、あれもこれも守りたいという思いを実現できるほど、大きくはない。
紫ちゃんも三成も、なんて欲張っていたら、あたしは何も守れない。

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