ゆるゆる、前へ [40/118] 「はあ、官兵衛殿に文ですか」 数日間、大阪城で鍛錬をしたりごろごろしたりと過ごしていたあたしを呼び出したのは、案の定大谷さんである。 言いつけられたのは官兵衛に文を渡しに行くという、まあ数分程度で終わる雑用だった。 「大谷さん、あたしのこと便利な道具かなんかだと勘違いしてないかな……」 まあ拒否るつもりも無いので二つ返事に了承し、さっさと終わらせようと独りごちながら九州へ向かう。 にゅるんと自分の影から抜け出てきたあたしに大袈裟なくらいびびって、官兵衛は一瞬振りかぶった鉄球をぎりぎりあたしにぶつけないで済む位置に振り落とした。あぶねーなオイ。 「どーも、お久しぶりです」 「おう、お前さんか……頼むから小生をびっくりさせないでくれ」 「そういう文句は大谷さんにどうぞ。そしてそんな大谷さんからお手紙ですよ」 ほい、と折り畳まれた文を手渡す。 官兵衛は嫌っそ〜にそれを受け取ってから、あたしの周囲をきょろきょろと見回した。 「ああ、紫ちゃんなら今日はいませんよ。三成様と手合わせしてたんで」 「な、なんでそこで紫の名前が出てくるんだ!小生は別に、紫に逢いたいだとかいっこも思ってないぞ!」 言っちゃってる言っちゃってる。大丈夫かこの人、本当に軍師か。 「とりあえず文は渡したんで。返事がいるような内容ですぐに返事が書けるんなら待ちますけど」 「え、お、ああ……ちょっと待ってくれ」 折り畳まれた文を開き、官兵衛は書かれている内容に目を落とす。 その表情はどんどん険しくなっていって、全て読み終えたんだろう後にはチッと隠すつもりもない大きな舌打ちを溢していた。 大谷さん何書いたんだ…。 「お前さん、これに何が書かれてんのか知ってたか?」 「いえ、なんも」 「……まあいい。返事はいらんだろう、小生は紫が逢いに来てくれるなら満足だと伝えてくれ」 「はあ、結局言っちゃうんすね」 今のは言葉の綾だ綾!と意味わかって言ってんのかこの人と思ってしまう発言に失笑し、じゃあそういうことでと官兵衛に背を向ける。 「じゃーな、お前さんも刑部には気をつけろよ」 「……そりゃどうも。じゃあ、またどっかで」 文には何が書かれていたんだろう、気にはなるが訊ける人なんていない。 影に沈みながら思案し、けれどすぐに考えるのをやめた。 その数日後、三成、大谷さん、そして紫ちゃんの三人を筆頭に、十数人の兵が九州へと旅立った。 目的は、黒田官兵衛の捕縛。 一人残されたあたしはぶんぶんと拗ね気味に竹刀を振り回しながら、考える。 やっぱり、宴準拠で進行している可能性が高い。 となると近々月影戦か。その前に上田城攻竜戦があるかもしれないことを考えると、伊達真田両軍の動きには気を配っていた方がいいかもしれない。伊達はその内に、徳川とも繋がるのだし。 ゆっくりとは言え、ちゃんと進んでんだよなあ。 「でも何であたしだけ置いてかれたんだ……」 ぶんっ、と切なさを振り払うように、竹刀を振った。 泣いてない、泣いていないぞあたしは。 |