昨日を懐かしむ [3/118]


流血表現注意


事の始まりは、そうさな、あたしと紫ちゃんがハマってやってるゲームからだった。

紫ちゃんに借りてからあたしはそのゲームにドハマりして、一ヶ月半で四作目をフルコンプ、一週間で五作目を中程まで進めた。
その日もうちに遊びに来ていた紫ちゃんと五作目をプレイしていて、「はあんやっぱり三成かわいい」だの「いや天海様が素敵すぎる」だの「佐助かわいい…悔しい…」だの「官兵衛さん可愛い…結婚しよ…」だのとわいわい言ってたわけで。

事件とでも言えばいいのか。それが起きたのは、全ステージをプレイしましたよっていう称号を得た瞬間。
ブチンッ、て嫌な音を立ててテレビが消えた。
二人して「は!?何!??え!?」「セーブしてないんだけど!?」とか騒ぎながら慌ててたら、にゅるんと真っ黒なテレビ画面から手が出てきたわけですよ。画面と同じく真っ黒な。
それと同時にテレビの向こうには、三成と大谷さんが戦っている戦場の光景が浮かんでた。
おいでおいでをするように揺れている手は二本。
あたしと紫ちゃんがその手を掴むのを、待っているようだった。

「ええと…これは、なに、トリップ?」
「ぽいねえ、……え、拒否権は?」

ふるふる、と首を左右に振るみたいに、手が揺れる。
もう行くことは決まってる、逃げられはしない。そう言いたいみたいだった。

試しに窓や部屋の扉を開けてみようとしたけれど、鍵もかかってないのにまったく開かなくて、携帯も通じなくて、まるでホラー展開だなあと思ったのも記憶に新しい。

どうしようもないならいっそ行っちゃいますかあ!と半分酔っぱらっていたあたし達は、クローゼットから取り出した大きめの鞄に必要そうな物を片っ端から詰め込んで、ちょっと髪を整えて、ブーツを履いて。
そして、真っ黒な手を取った。


パチッと電気を消して、またすぐにつけたかのように景色が変わった。

見渡す限りの焼け野原、真っ赤な夕日、遠くには深そうな森。
響く銃声、怒号、漂う血と火薬の臭い、そして辺り一面に横たわっている……死体。

ほんのり熱かった顔も身体もすぐに冷めて、きっと顔から血の気も失せてた。

「ここ、バサラの世界……だよね」
「……多分。あのテレビに映ってたとこじゃないかな、あの森見えたし」
「うちら、やばくない?めっちゃ戦場だけど」
「そう、だね……」

紫ちゃんとどこか夢うつつな感じで話しながら、あたしは徐に、すぐそばで倒れていた死体に突き刺さっていた刀を引き抜いた。
まだ死んで間もないのか、ぐりゅりと肉の嫌な感触がして、ちょっとだけ眉を顰める。
軽く刀を振れば少しだけ血脂が飛んで、黒いブーツに染みた。
刀は思っていたよりも重く、だけど振れない程じゃない。

あたしの行動を見て、紫ちゃんも近くの地面に刺さっていた刀を引き抜く。
二人して使ったこともない日本刀を手にしたまま、ぼんやりと、行く当ても無いのに歩き始めた。

「旗見る限り、っていうかあのテレビ通りなら……ここいるの石田軍かな」
「だろうね。敵の方はわかんないけど、地方とかかな。かっこ適当」
「朱ちゃん意外と通常運転だね……」
「なんか一周回って落ち着いてきたんだよ」

でもそんな落ち着きもほんのちょっとしか保たなかった。

残党がいたのか、それともまだ戦は終わってなかったのか。刀を構えた何人もの足軽……ゲームで言う雑魚兵達が、何を思ったのかあたし達に斬りかかって来たからだ。
半分イっちゃったような目で、奇妙な雄叫びをあげながら、血塗れの身体で。

ぞっとした。

あたしや紫ちゃんなんて所詮、平和ボケした国で育ってきた、いたって普通の女の子なわけで。
人を殺したことも、ましてや他人を斬りつけたなんて事も、あるわけなくて。
こんな、殺されそうになった事も、無くて。
喉が引き攣って、全身に緊張が走って、基本汗あんまかかないタイプだったのにその瞬間体中の汗腺が一気に仕事した。脂っこい、嫌な汗だった。

なのにあたしの意志に反して、身体は勝手に動く。
横薙ぎの刀を一歩後ろに跳んで避けて、両脇から斬りつけてきた兵達……左手の方は刀で袈裟懸けに斬り、右手の兵はそのまま身体を半回転させて心臓をひと突き。
その間に紫ちゃんが、正面の男の両腕を切り落としていた。

戦場において違和感ありまくりの、弱そうな女二人の予想外の反撃に、兵達は一瞬動きを止めた。
それをチャンスとばかりに、私と紫ちゃんは、誰かに操られるかのように淡々と、無感情に、兵を斬り続けた。
喉を裂き、肺を破り、心臓を突き刺し、足を削ぎ、手を落とし、首を刈る。
淡々と、淡々と。

じっとりと滲んだ汗でブーツの中の足が少し滑った時に、ようやく、自分たちの周囲から他の人間がいなくなったことに気が付いた。
あたしが着ていた白のワンピースも、紫ちゃんが羽織っていた白のカーデも、真っ赤に染まって元が何色だったのかわからない。
手も足も血だらけで、髪の毛に至ってはこびり付いた血が乾燥し始めていた。

なんかもうわけわかんなくて、その場に崩れるみたいにへたり込む。
紫ちゃんも全身の力が抜けたみたいに、倒れていた。

「……初めて人を斬った感想はどうよ、紫ちゃん」
「なんつーか……鶏肉?」
「あー…、あたしどっちかっつーと牛肉」

はは、なんて二人で空笑いを漏らして、疲れたのか緊張の糸が切れたのか、あたし達はそこで多分、二人同時に気を失った。


まさかこの直後に、石田軍に拾われるだなんて思いもしなかった。



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