見えない、見ない [37/118]


「紫ちゃーん」
「おー朱ちゃん。意外と遅かったね」

あたしが砦へとたどり着いた頃には、紫ちゃんもあらかた仕事をやり終えたようだった。
返り血をひとつも浴びてないのはどういうことだろうか。毒か、毒使ったのか。

「生き残りいないか確認してたから……っていうか、紫ちゃんなにそのおどろおどろしい刀」
「あれ、見せるの初めてだっけ?」
「初めてだよ……」

紫ちゃんが手にしている刀は、柄の部分に桜や紐の飾りがついている、薄紫色のもやがかったものだった。
というか、刀身がもやで出来ている、感じだろうか。
紫ちゃんがその刀を軽く振ると、刀身のもやが消え、柄の部分も小さくなり、それは簪の形へと変化した。

「私の属性が毒だってのはわかったから、じゃあこの簪に纏わせられないかなって思ったら、こうなったんだよね」
「ああ、あの紫ちゃんがつけてた簪ね……へえ」

確かにまあこれで斬っていたのなら、返り血は浴びないだろう。
斬るというより、毒を塗りつけていくみたいだ。斬られた方はたまったもんじゃないだろうな。こわ。

「で、えーとこっちに生き残りは?」
「そろそろ浮毒が効いてくる頃だろうから、みんな死んでるんじゃね?」
「今の発言こっええ……。…てか浮毒ってなに」

疑問符を浮かべるあたしに、紫ちゃんは自分の周囲を漂っていたもやの事だと説明してくれる。
あたしの影と同じように、多少は操れるらしい毒性を帯びたもやを敵兵の周囲へ撒いてきたそうだ。本当に、やられた方はたまったもんじゃない。

「紫ちゃんが味方で良かったわ……」
「そのセリフ、私も朱ちゃんに言いたいけどね」


その後は二人で手分けして生き残りの有無を確認しに、砦内を駆け回った。
生き残りがいればとどめを刺し、さっきと同じように適当な場所に徳川軍旗を残していきながら、砦を後にする。

案外、余計な時間もかけず、あっさりと四国襲撃は終わりを告げた。
ところどころに火の手があがり、煙が空へと昇っていくのを遠目に眺めて息をつく。

「じゃあ毛利に報告して、帰ろっか」

紫ちゃんが何とも言えない表情で壊滅状態の四国を眺め、呟いた。
あたしもそれに頷き、焦げ付いた臭いのする場所から目を背ける。

「毛利んとこ行く前に、官兵衛の様子でも見に行く?」
「えっ、まじで?いいの?」
「別に構わんけど。……どうせ気になってたんじゃないの」
「……うん、」

へらりと笑みを浮かべて、傘を広げる。
官兵衛の穴蔵に寄って、毛利に報告をして、大阪に帰ろう。

まだまだこんなの、序の口だ。まだ始まってすらいない関ヶ原へ、西軍の勝利への道は、こんなにも遠い。
見えるわけもない道筋をゆっくり踏みしめて、あたしと紫ちゃんは、影の中へと沈んでいった。

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