帰り道を閉ざして [36/118]


流血表現注意


数日後、あたしと紫ちゃんは影送りを使い、四国へと旅立った。
旅立った、と言っても大阪城から四国の片隅までは、途中安芸へ寄ったとはいえ数分程度の道のりだったのだけど。

「紫ちゃん、準備オッケー?」
「うん」

頷く紫ちゃんに笑みを向け、一旦折り畳んだ傘を再び広げる。

「っし、んじゃ行きますか!」

向かうは長曾我部軍の砦。
アニキ不在の今、そこには一般兵しかいないはず。暁丸が稼働している可能性もあるけれど、それに関してはちゃんと対策を練っている。
あたしも紫ちゃんも、自分の戦い方がまったくわからなかった頃とは違う。

大丈夫、なんとかなる。

ぱんっと軽いハイタッチをして、あたし達は別方向へと走り出した。
まず紫ちゃんは砦の方へ。そしてあたしは、砦のすぐそばにある村へ。

あまり人目につかないよう影送りを駆使して動きながら、一人、また一人と静かに殺していく。
何が起きたのかもわからないままに死んでいく、罪のない一般人。
罪悪感なんて感じてたらキリが無い。
あたしはただただ無感情に、それが必要なことなのだと言い聞かせながら、家屋に火を放ち、一箇所に集まった人々を影に縫いとめ、崩壊した家屋の下敷きにした。

「……、」

自由に、とまではいかないけれど、影を操れることは最近わかってきた。
ひとかたまりになった影の一部をあたしのすぐそばまで伸ばし、踏みつければ、影を踏まれた相手は動くことが出来なくなる。
影踏み鬼のようなので、影踏みと名付けたのはついこの間のことだ。
あともう二つ、新しく覚えたことはあったけど……まあそれは今は必要ないでしょう。

辺りに響き渡る叫び声や泣き声を聞き流しながら、淡々と作業を続ける。
火を放ち、影踏みで動きを止め、必要であれば影送りも使って、……もう何人殺したことだろう。

暫くすると辺りはしんと静まりかえっていて、燃え尽きた家屋や焼けこげた死体だけが、そこらには散らばっていた。
紫ちゃんの方はどうなっただろうか。
適当な場所に徳川軍旗を投げ捨て、砦の方へと踵を返す。

と、視界の隅で何かが動いた。

「ひっ……く、来るな!ばけもの!」
「……、」

子供。
五、六歳くらいだろうか。裾の焦げた着物で、短刀を片手にあたしを睨み付ける子供が、そこには立っていた。
怯えと、恐怖と、憎しみとが綯い交ぜになった瞳。
子供の背後で息絶えているのは、……この子の母親だろうか。

「こんなことして、ちょうそかべの兄ちゃんが黙ってないんだからな!許さない、ぜったいゆるさない!!母ちゃんを返せよ!ばけもの!!」

ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、震える手であたしに短刀を向けてくる。
それでもあたしに近寄らないのは、あたしが怖いからか。

放っておいてもいいんだけど、と考えはしたけれど、ああでも顔を見られてちゃダメなんだよなあと気が付いて溜息が出た。
今更この子だけを見逃したって、あたしの罪が消えるわけでも無いんだし。計画は計画通り、きっちり進めなきゃこれから先の事に支障が出かねない。

「くっ、くるなああ!!」
「ごめんね、恨んでいいから」

影踏みで男の子の動きを止める。
ぶるぶる震えている手から短刀を抜き取って、投げ捨てようとして、やめた。
あたしはこの感触を、覚えていた方が良い。

「っゆるさない……!」

うん、それでいいよ。

短刀をゆるく握り、男の子の首をかき斬る。ぶしゅっと何とも言えない音がして、あたしの来ている服に返り血が染みて、男の子はただひたすらに憎しみだけが滲んでいる目を見開いたまま、ぱたりと倒れた。
まだ電池の切れたおもちゃの方が、生にしがみついてたんじゃないかなとうっすら考えてしまうくらいに、それはあっさりとしたものだった。

からんと短刀を投げ捨て、周囲を見渡す。
生き残りがいたら意味がない。もう少しだけ確認をしてから、紫ちゃんに合流しよう。

「……うーん、やるって言ったのは自分だけど、やっぱり胸くそ悪いなあ」

だけど、やってしまったのだから後戻りは出来ない。
もっと他に良いやり方があったんじゃないか、なんて、今考えても無意味だ。
あたしは、もう殺しちゃったんだし。ちゃんとした現実の世界で、生きている人たちを。

「悔やむ資格なんてない」

ぎゅっと、傘の柄を握りしめる。

さあ、仕事の続きをしよう。
こうやって、この世界で生きていくと決めたのは、自分なんだから。


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