罅入る胸中 [35/118]


朱、紫、三成他石田軍の兵士達が大阪城へと帰ってきたのは、日も暮れた頃だった。
十数人が城内の影から現れ、各々が驚きとも感動ともつかない感情をあらわにしながら朱の力を褒め称えている中、朱は極々小さな息を荒く漏らし、胸元に手を添える。

「じゃああたし、大谷さんとこに報告してくるんで」
「……ああ」

苦しげな笑みを残して、朱は三成と紫から己の身体を隠すように傘を差し、影の中へ消えた。


――…


裸火の明かりに遮られた影の中、唐突に現れた朱に驚くこともなく、吉継はゆるく視線を向けた。
朱は吉継から少し離れた場所で踞り、蚊の鳴くような声で「ただいまです、」と漏らす。

「何があったのか、話せる様子では無いようよな」
「うぇい……」

そのまま芋虫が這うかのように吉継へと近づき、朱はまた小さな声で申し訳程度の謝罪を口にした。
吉継は呆れ気味の溜息を漏らす。
どうせ無茶をしたのだろうという察しはついていて、そして身体以上に心が悲鳴をあげているような朱の表情を見、何も言わずその頭へと掌を置いた。

「大谷さん」

朱は震える声で、吉継の名を呼ぶ。

「どうした?」

猫なで声で返してやる吉継の表情は、どこか愉しげに揺れている。

「膝かしてください」

何もかもを耐えて、溜めて、吐き出し方を知ることすら出来ない朱の声。それを耳にした吉継は軽い引き笑いを漏らし、朱の頭をそっと自分の、あぐらをかいている足へとのせた。
朱は目元を腕で覆い、やはり小さな声で、お礼の言葉を述べる。

「そういえば大谷さんって足、悪くしてるんじゃなかったですっけ。つらくないですか」
「ぬし程度の重さならば、気にもならぬ」
「そうですか、ありがとうございます」

文机へ向かい作業を再開させた吉継は、暫くして朱の横向けた頭がのっている足が、湿ってきたのを感じた。
生ぬるい水滴が、じわじわと染みていく感覚。
嗚咽も漏らさず、何を言うでもなくただ静かにしている朱を見下げ、吉継は筆を置いた。

「朱、ぬしはまこと、不幸な女子よな」

ヒヒッ、と漏れ出る愉しそうな笑い声とは裏腹に、ひどく優しげな手つきで朱の頭を撫でる。
朱はそんな吉継に口元だけでそっと笑った。

「だったら良かったんすけどね」

中途半端に報われるから、こんな思いをする羽目になる。
それならいっそ吉継の言う通りの不幸な女子とやらになってしまいたかった、と朱は脳内で考えて、そんな思考に嘲笑した。
どうせそんなの、耐えられない癖に。

「われは朱の不幸を見るのが愉しくてたまらぬ」
「そりゃどーも」

けれど、やはり吉継が朱を撫でる手つきは、これ以上なく優しかった。


――…


すうすうと静かな寝息が聞こえだした頃。
吉継は朱を布団へと移動させ、己はまた文机へと向かっていた。

涙の痕を残し、眉を寄せた険しい顔つきのまま眠る朱を横目に見やり、ため息を吐く。

自分も、自分以外の者も全て不幸になればいいと、不幸にしてやろうと吉継は思っていた。
朱は、己の世界から放り出された上に、好いた男が己の友を好いているというそれはそれは不幸な状況に立っている。それを眺めて、愉しむはずだったのに。
紫を恨むでもなく、三成を恨むでもなく、ただ何も言わずに笑っているだけだった朱が弱りきった姿を見て、なぜか心が痛むのを感じた。
自分が、朱を笑わせる為にはどうすればいいのかなんてくだらないことを考えていた事に、驚いた。

「……、ん…」

ぽたりと、閉じられた瞳からまた涙を流す朱を見やり、吉継はそっと朱の傍へと近寄る。
僅かに跳ねた、さらりとした触り心地の髪を梳くように撫でてやれば、朱は涙を流したまま、ほんの少し口角を上げた。
安堵の浮かぶ表情に、自然、口元がほころぶ。

「われもまだ甘いものよなァ」

探るような動きを見せる朱の手を握ってみれば、朱がゆるく瞼を開く。
どうにも気の抜けるような笑みを見せて、吉継の手を握り返し、朱はまた夢の中へと落ちていった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -