疵口に迷走 [34/118]


三成との口喧嘩もどきからしばらくの時間が経ち、ゆっくりと静かに引かれた戸にあたしはゆるく笑みを向けた。
その向こうで紫ちゃんが、なんとも言えない表情で立ち竦んでいる。
抱えられている紙袋は薬だろうか。

「朱ちゃん、あの、ごめ…」

どんどん俯いていく表情に、尻すぼみの言葉。
さて何て言ってやろうかと考えつつ、結局あたしはへらりと笑った。

「何が?」
「っえ、?あ、その……私の属性のせいで、」
「うん。まあでも紫ちゃんがあたしを殺しちゃおうと思ってやったことじゃないでしょ。紫ちゃんだって知らなかったんだろうし」
「でも知ろうとしなかったから、こうなったんだし……」
「……」

ふうと小さな溜息をつき、俯く紫ちゃんをおいでおいでと手招く。
紫ちゃんは一瞬きょとんとしてから、戸を閉めて、静かにあたしが座る布団の傍らに膝をついた。
三成はじっと、そんなあたし達を眺めている。

あたしと目を合わせようとしない紫ちゃんへ身体を向け、笑顔で握り拳をあげる。
横目に、三成が少し腰を上げるのが見えたけれどそれは気にしないで、そのまま握った拳を紫ちゃんの肩の辺りにぶつけた。

「痛いっ!」
「貴様…ッ、紫に何を」
「三成様は黙っててください」
「っ……」

鋭く細めた目線を三成に向ける。刀に手をかけていた三成はそんなあたしをもの凄い顔で睨み付けて、けれど腰は下ろしてくれた。

「紫ちゃん、これで終わり。これ以上謝ったら怒るよ」
「……うい…」
「大体、こんくらいの事でおおらか且つ菩薩のようなあたしが怒るわけないじゃん?怒ってたら最初に倒れかけた時点で紫ちゃんの胸ぐら掴んでるっつの」
「ごめん前半ちょっと聞き取れなかった」
「うわ今友情にヒビ入ったわ…バッキバキだわ……」

漸く絡まった紫ちゃんとの視線に、わざとらしい溜息をついてみせる。
一瞬後にあたし達は笑いだして、「もうごめんてー!」「いやもうこのヒビは修復不可能だわー」「おおらかさどこ行ったんだよ!」なんていつも通りの会話を始めた。

ただぽかんと状況を眺めている三成には、ちょっと理解出来ないかもしれないけど。
あたしは、こんな事で紫ちゃんと仲違いするような事は無いと思ってる。
紫ちゃんが少し気にしすぎなだけだ。あたしは本当に、やろうとしてやったわけじゃない事で紫ちゃんを責めたりはしないのに。
まったくもう、どんだけあたしをガラ悪い子だと思ってんだ。ぷんすか。

「そういや薬買ってきてくれたんだっけ?」
「うん、と言っても栄養剤みたいな感じだけど」
「ありがと。それ飲んだら早めに大阪城帰ろっか。もうだいぶ元気出たし」
「本当に?大丈夫?」
「もち!」

実際のとこ、この状態で大勢での影送りはキツいかもしれないけど、まあ帰ったらすぐに休めばいい話だし。
それにあまり体調が良くない時や大勢での移動には慣れておいて損はない。いつどこで影送りが必要になるかはわからないんだから。

「……、」

小さく、本当に小さく息をつく。
手足の痺れも無い、吐き気も頭痛も感じない。少し胃の辺りが重い感覚はあるけど、大丈夫。

「じゃあ私、白湯もらってくる」
「ん、ありがとー」

軽く笑んで、ぱたぱたと部屋を出て行く紫ちゃんを見送る。
次の瞬間、それまでずっとだんまりだった三成が口を開いた。

「貴様と紫は仲が良いのだな」
「、……まあ、それなりに付き合いも長いんで」

三成からそんな言葉が出てくるとは思わなかったと考えつつ、答える。
紫ちゃんとの付き合いもかれこれ……何年かわかんないけど、片手じゃ足りない程度だ。長いとまではいかないかもしれないけど、短くもない。
まあ、二人でつるんでた時期も長いし。お互い一人暮らし始めてからは家の行き来も割と頻繁だし。
これで仲良くならない方がおかしいだろう。

あたしの返答から暫くの沈黙が続いて、三成は、無表情に小さく呟いた。

「私には、あの表情も、引き出す事は叶わないのだろうな」

それが何を思っての言葉なのかは、あたしにはいまいちわからなかった。
返事を期待しての発言というよりは、無意識に漏れ出てしまった……悲鳴のような感じで、三成にしては珍しい表情を浮かべる。
諦めたような、でもどこか慈しむような、悲しい笑み。

ここで慰めのひとつも言えれば良かったんだけど、あたしのゆるい脳味噌に浮かんでくるのは月並みな台詞ばっかで、そんなんで三成が満足するとは思えなくて。
そうこうしている内に部屋を出て行ってしまった三成の背中を、ぼんやり見送ることしか、今のあたしには出来なかった。

「……あー、うわ」

めんど、と小さくぼやく。
今、あたしの中で巡っている感情は、誰にもバレたくない。

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