夢に醒める [33/118]


夢を見ていた。

その夢の中であたしは家康の隣に並び、三成と対峙していた。
三成はあたしの事を知らず、家康との戦いに首を突っ込んできたあたしに対して、噛み付くように何かを吠えている。
あたしはそれを無感情に眺めていて、家康の服の裾を握り、離し、そっと家康から距離をおいた。
家康はそんなあたしを恋慕とは違う、慈しみのようなものが満ちた目で見送り、三成と向かい合う。
二人の戦いは熾烈を極め、そして、最終的に生き残ったのは家康だった。
忠勝にも、徳川の兵にもその場を去るよう告げ、家康は亡骸となった三成の傍らに座り込み、ひた隠しにするようにして嗚咽を漏らす。
あたしはそれをただじっと見つめていて、唇を噛み締めている。
不意に勢いよく顔を上げた家康があたしへと振り返り、無理矢理に浮かべた笑みのまま、何かを告げた。
そうして立ち上がり、あたしの手を取り、三成の亡骸に背を向ける。
あたしと家康を迎えてくれたのは忠勝と、その隣に並ぶ心配そうな紫ちゃん、そして徳川軍の兵士たち。
家康は引き締めた表情でみんなにまた何かを告げて、笑って、紫ちゃんの背中を軽く、安心させるように叩いた後、あたしに向かって微笑んだ。あたしの頭を撫でながら。

笑わなくていいのに。
もっと泣けばいいのに。

そう思ったところで、ブツンと、その夢は終わりを迎えた。


――…


目を覚ましたあたしの気分は爽快とまではいかずとも、それなりにすっきりしていた。
見ていた夢は鮮明に覚えている。家康があたしの頭を撫でる掌の感触も、まだ残っているような気がした。

あれは、東軍に拾われていたとしたら起こり得た結末だろうか。
たかが夢だとは切り捨てられないほどの鮮明さに、静かに息をついた。

「……目を覚ましたのか」

びくりと全身を震わせ、声の聞こえた方へと視線を向ければ、あたしの背後に三成が座っていた。
何で、三成が。唖然としながら自分の現状を見直してみる。
船独特の揺れもない、畳の上に敷かれた布団に半身を起こして座っているあたし、そして三成の背後には窓のような、柵のついた穴。その向こうには明るい空と木々が見えた。
どこかの、宿だろうか。だとしたら一体どれだけの時間、眠っていたんだろう。

「貴様が倒れてから二日が経った。今は未の刻だ」
「そう、ですか」

未の刻……確か午後の一時から三時くらいか。
二日経ったということはやっぱり、それなりにダメージ食らってたんだろう。紫ちゃん、恐ろしい子。

「それより、紫ちゃんは?」
「この二日で己の属性への理解も深めた。今は貴様の為、薬を買いに行っている」
「はあ……で、ええと三成様はなぜここに」
「……紫が、貴様を見張っていろと言った」

何してんだよあいつ。
思わず脳内ゲンドウポーズになりながら、今回の件について紫ちゃんを責めるつもりはまったくなかったのだけどやっぱり一発くらい殴っておこう、と決める。
紫ちゃんなりに気を遣ったのかもしれんけど、こういうドッキリはいらないでござる。三成めっちゃ不服そうだしね?
しかしよく大人しくしてたなこの人……。

「それはどうも、お世話かけました。もう大丈夫なんで、こっからはあたしの影使って大阪城に戻りましょう」
「……あれは貴様以外の者も移動できるのか」
「以前試したら、二十人ほどまでなら。なので兵も一緒に帰れますよ」

まあ十人越えた辺りから疲労半端無かったけどな…と思いつつも、さすがに兵士さん達ほっぽって帰るわけにもいかないし、かといってちんたら歩いて帰ってたら四国攻めに間に合わないし、今回ばかりは仕方ないだろう。
大谷さんか毛利辺りに知られたら怒られそうだけども。あの二人最近なんだかんだ過保護なんだよな。

「それは、……貴様にも負担があるのでは無いのか?」
「……そんなこと無いですよ。距離も、まあさほど遠くはありませんし」

へらりと笑って返し、ちくりと痛んだ胸には気付かないふりをする。

「私は嘘を許さない」
「嘘なんか吐きませんよ」
「ならば何故、私の目を見ない」
「逆に何で見なきゃいけないんですか」
「私の目を見ないのは、後ろめたい事があるからではないのか」
「もう何この彼氏に浮気問い詰められてるみたいな感じ!?」

矢継ぎ早に投げつけられる三成の言葉に、思わず泣きそうな顔で叫べば三成はむっとした表情であたしを睨んだ。やめろくださいその目。

だいたいあたしが疲れよーが倒れよーがあんたには関係ないでしょうが何をそんな気にしてんすかどうせしてんのは紫ちゃんの心配だけだろが知ってんだぞあたし!ともう半ば投げやりに、だんだんと畳を殴りながら叫ぶ。
これは斬滅されてもしかたないなと一瞬後に我に返ったけれど、存外、三成は冷静な表情であたしを見つめていた。
う、と息が詰まる。ほんとに何なんだよこの人…。

「確かに貴様が倒れようと私には関係がない」
「でしょうよ」

ほら見ろと言わんばかりの表情を向けてみせる。
けれど、「…だが、」と三成は言葉を続けた。

「刑部が気にするだろう」
「……」

あ、あー……ハイ、そうですか。
紫ちゃんの次は大谷さんの心配か!クソ!ほんまお前あの二人大好きだよな!クソッ!別に泣いてなんかないんだからね!期待なんか別にー!?全然してないしー!!?

「もう三成様はそれでいいですよちくしょう……」
「何を泣いている」
「泣いてねーよこっち見んなクソ!」

とりあえず枕ぶん投げておいた。

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