支えの脆さ [32/118]


気を失った朱を抱えた兵が去っていくのを呆然と見送り、紫は、絶望を抱きながら震える手を握りしめる。
脳裏に浮かぶのは婆娑羅屋の店主が残した言葉。

――「紫殿、なるべく早く、あなたはご自身の属性に気が付くべきかと思います。そうでなければ、紫殿のそばにいる人……恐らく朱殿が、傷付く事になりかねませんよ」

その言葉の通りになったと、紫は目尻に涙をにじませる。
まあいつか気付くでしょ、と未だにわからないその特殊な属性とやらをないがしろにしていたツケが、自分ではなく朱にいってしまった。
後悔は拭っても拭っても消え去らず、紫を包み込むもやが更に色濃く、周囲を満たしていく。
朱ちゃんを傷付けてしまった。もう朱ちゃんは私と話してくれないかもしれない、近寄ってもくれないかもしれない。怒ってるかもしれない。何度謝れば、許して貰えるだろう。……許して、もらえるんだろうか。

じくりと痛む胸に、無意識にまた謝罪の言葉を漏らした紫を、三成は暫く無言で見つめていた。
が、少しずつ紫に歩み寄り、触れようとはせず…紫の正面に片膝をつく。
三成の存在に気付きまた距離を取ろうとした紫を名前を呼ぶことで制止させ、その瞳を、覗き込んだ。

「……紫、心を静めろ。貴様が戸惑っていては、この事態が収まるはずもない」
「でも、無理です、」
「ならばこの現象を理解するよう努めろ。あの女はこの靄を毒だと言っていた。婆娑羅屋の男も、貴様は闇属性ではあるが、特殊なものだと言っていただろう。紫の属性は、毒を含む物なのではないのか」
「ど、く……」

三成の言葉に、それならば説明がつくと、紫は内心納得していた。
闇属性にしては薄すぎる紫色のもやも、朱が急に体調を崩したことも。

恐らく自分の属性は、三成や朱の言うように毒なのだろうと、少しずつ落ち着いてきた脳内で紫は理解をし、それに呼応するようにしてもやは次第に薄まり、数分が経つ頃には消え去っていた。

「扱いを誤れば、貴様はまた近くの者を傷付ける羽目になる。……私は、貴様がそれによって傷付くのを見たくはない。自分の属性は自分で把握しろ。鍛錬を怠るな。その力を己のものに出来れば、貴様の力は……、」

そこで言い淀み、三成はゆるくかぶりを振った。

「貴様の力は、あの女を傷付けるものではなく、守り、癒すものへと変えられるのではないか」
「……三成さん、」

目尻が赤く染まった己の目元を拭い、紫は頷く。
ありがとうございますと漏らした言葉はひどくか細かったが、三成はそれを聞き逃すはずもなく、漸く小さく微笑んだ紫に目を細めた。

「あれは、貴様の友なのだろう。ならば貴様の心情も理解して然るべきだ。紫、貴様がこれ以上謝る必要はない」

その言葉には返答をせず、紫は三成に頭を下げ、その場を後にした。
朱のところへ向かうことなく、また別の、甲板の隅へと一人で歩いていく。

それをぼうっと見つめ、三成は、言葉で表現出来ない感情に胸を締めつけられていた。
三成にはその感情が何なのかを知る術は無く、ただ紫の背中を見つめることしかできない。紫を追い、その手を掴めばわかるかもしれなかった。……しれなかったが、三成はそうはしなかった。
立ち上がり、踵を返し、兵が連れて行った朱の容態を確かめるため歩き出す。
何故自分がそんなことをするのか三成にはわからなかったが、あれが死ねば紫は傷を負う、それだけは許せないという理由を見つけ、三成はそれが自分の本心なのだと信じて疑わなかった。

三成が無意識に自分に嘘を吐いたのは、何度目だろうか。

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