bad liar [30/118]


「紫ちゃんの友達の朱と言います。この度はご結婚おめでとうございます?」

官兵衛に向き直りぺこりと頭を下げながら、適当な挨拶をしてみる。
てれてれと顔を赤くし頬をかきながら「いやあそうハッキリ言われると照れるねえ」なんて言っている官兵衛に白目剥きたい気分になりながら、紫ちゃんやるな…とやっぱり視線は遠くをむいた。この二人にはあまり触れたくないでござる。

「貴様、何故こんな所にいる?貴様は刑部と共にいるのでは無かったのか。さっきのは一体なんだ」
「、ああ、さっきのは影送りと言いまして……ええとあれ?紫ちゃんも見たこと無かったっけ?」
「見たことあったらあんなに驚いてないよ…」

まじかー、と返して、手に持っていた傘をぱっと広げてみせる。
穴蔵自体がだいぶ薄暗いから、できあがる影も薄い。そうなるとあたしの疲労も増すのだけど、見せた方が早かろうとあたしは影の中に沈んで見せた。
周囲がぎょっとするのを目の端にとらえ、一瞬の暗闇の後、官兵衛の影から再び現れる。

「と、まあこんな感じで。影の中を自由に移動できるんすわ。それ使って、紫ちゃんに用事があったのでここに来ました」
「私に?」
「うん。……まあ今言うのはアレだから後で話すよ」

横目に官兵衛を見やって、すぐに紫ちゃんに視線を戻し曖昧に笑う。
それで何のことかはなんとなく察せたのか、紫ちゃんはこくりと頷いた。

「だからまあ話したいこともいっぱいあるだろうし、紫ちゃんは官兵衛さんとごゆっくり」
「貴様ッ、何を勝手に…」
「まじでありがと朱ちゃん!さ、官兵衛さん行きましょう!」
「ああ!」
「……、」

すったかたーと去っていってしまった紫ちゃんと官兵衛を唖然と眺め、三成が小さな溜息をこぼす。
うーん可哀相なことしちゃったかなあって思いはするけれど、あたしの中での優先順位は三成より紫ちゃんのが付き合い長い分上なのだし、諦めてくれとしか言い様がない。
三成は鋭い視線をあたしに向けては来たけれど何も言わず、もう一度だけ溜息を吐いた。幸せ逃げるぞ。

「……三成様、大谷さんの用件は官兵衛さんに伝えたんですか」
「当然だ」
「そうですか、ならいいんですけど」

大谷さんの用件が何だったのかは知らないけど、おおかた枷の鍵が欲しけりゃ余計なことすんなよって感じだろう。
もしこの世界が宴準拠なら、大阪城へ来るようにと書かれていた可能性もあるけど、どうやら三成と官兵衛の会話は終わったらしいのでそれは無いか。また今度って可能性も微粒子レベルで?……まあそこらは追々わかるでしょう。

少し離れたところで楽しそうに官兵衛と語り合っている紫ちゃんを眺め、三成へ視線を移す。
三成は何とも言えない表情で紫ちゃん達の方向をじっと見つめていて、それがどうにも、心苦しかった。
あたしなんか、視界に入ってすらいない。

「……、」

鼻から抜けるような息をついて、腕を組む。
紫ちゃんに会えた以上、別段もう急ぐ必要もないし、いざとなれば紫ちゃんも三成も兵も連れて大阪城へと戻ればいい。
だから今することが無い。

三成とはなんとなく近くにいるまま時間が経過してしまったけれど、三成が何かを話すことも、あたしが喋ることもないし、居辛い。
これは来るタイミング間違えたなあと思い始めた辺りで、ずっと紫ちゃんを見つめていたはずの三成がこっちを見下ろしていることに気付き、少し驚いた。
何を考えてんだがわからない目線で、だんまりのままあたしを見下ろしている。

「、…………な、何なんすか」

沈黙と射抜くような視線に耐えられず、あちこちに目を泳がせてから諦めたように問いかける。
三成はぴくりと片眉を歪めて、でもやっぱ何も言わないままあたしから目を逸らした。
何なんだよ。こわいな。

「……貴様はあの日、言ったな」
「はい?」
「何が嘘で何が真実かもわからないまま、よく生きてこられたなと」
「お、ああ……はい」

よく覚えてたな……なんかちょっと改変されてる気がするけど。

「紫が私に向けていた優しさが、嘘か真実か、貴様にはわかるのか」
「……まあ、想像ですけど」

三成の視線は再び紫ちゃんを捉えていて、それに苦笑のようなものを漏らしながら、答える。
紫ちゃんは単純に優しい子だと、あたしはそう思っている。
あたしと似ているけど、ちょっと違う残酷さを持った、優しさ。

「興味のない人だからこそ優しくできるって事もあるでしょう。だから紫ちゃんが三成様に優しかったのは紫ちゃんの本心からの優しさだし、三成様にとっては嘘に思えるかもしれません。……つーかだいたい、どうせ紫ちゃんのことだから最初はハッキリ嫌だっつってたんじゃないんですか?」
「……そうだな」
「二人に何があったかは知りませんけど、それは紫ちゃんの本心を見ようとしなかった三成様が悪いですよ」

じっと紫ちゃんを見続ける三成は、官兵衛にかなわないと気付いていても、まだ紫ちゃんが好きなんだろう。
そう簡単に諦めるような人だとは思わないし、ころころと心変わりするような人にも見えない。
紫ちゃんが手に入らなくても尚、ずっと、紫ちゃんを想い続けそうだ。……三成は、そういう子だ。

「ならば、貴様の言った言葉は嘘なのか?」
「は?」
「刑部も紫も、……貴様も、私を気遣っていると言っただろう」

ほんとによく覚えてんなあと三成から顔を背け、ちょっとだけ笑う。

好きな人の記憶の中に自分がいるってだけで、こんなに嬉しいもんなのか。
くそ、むかつくな。これ以上好きにさせてあたしをどうしようってんだこの銀髪は。

「ホントですよ。大谷さんはもちろんのこと、紫ちゃんだって興味もない相手だからといって身近な人を心配しないような子じゃありませんから」
「……貴様は違うのか」
「それ訊いてどうするんです、あたしのことなんてどうでもいいでしょう、三成様は」

徐々に小さくなっていった声は、あたしの予防線だった。
何でそんなにあたしを気にするのかはわからないけれど、三成は紫ちゃんが好きなんでしょう。諦めるつもりもないんでしょう、そんな、愛しげな目で紫ちゃんを見つめておいて。

「そうだな、」と小さく返された同意の言葉に、あたしはゆるく笑った。
ほら、期待なんてしない方がいい。

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