花咲く穴蔵 [29/118] 官兵衛さんの居る穴蔵に、とうとう辿り着いた。 緊張で心臓がどくどくと高鳴っている。少しだけ足が震える。 私、正気保ってられるのか……とそんな自分に苦笑しながら、前を歩く三成の背中を追う。船に乗った辺りからどうも何か、考え込んでいるような三成は正直不気味だったけど、それを問いかけるような余裕は無かった。 「なんだ、三成か。こんな穴蔵に何の用だ?」 ようやっとの初対面を迎えた官兵衛さんの姿は、想像していたよりも言っちゃ悪いが汚かった。 土埃にまみれて、水浴びはしてるけどちゃんと洗ってはいません、って感じの汚さ。それでも気分は高揚するし会えて嬉しいと思うんだから、恋って盲目だと思う。 不機嫌さを隠そうともしない官兵衛さんと三成が向かい合い、刑部がどうの西軍がどうのと話しているのをぽーっとしながら眺める。 そういえばこの官兵衛さんは、まだ四国攻めをしていないんだろうか。 刑部からの手紙も久しぶりだと言っていたし、もしかしたらまだなのかもしれない。黒幕組との繋がりは私より朱ちゃんの方が深いので、今のところ私にはわからないけど。帰ったら朱ちゃんに、四国攻めはどうなるのか訊いてみよう。 ふと思考を途切れさせると、官兵衛さんがこっちを見ている事に気が付いた。 目が隠れているから本当に見ているのかどうかはわからないけれど、目の前にいる三成でなく、私の方に顔が向けられている。 どっ、と一際大きく心臓が鳴り響いて、なんとも言えない溜息が口から漏れ出た。 「三成、お前さんこんなとこに女連れで来るとは、小生への嫌がらせか?」 「誰が紫を見ろと言った。私の許可無く紫を視界に入れるな」 「ほーう、紫と言うのかお前さんの女は。美人じゃないか」 なんかもう耐えきれなくて、わあああと叫びたい気持ちを必死に抑えながら三成をどんと押しのける。 びっくりしてんのは三成も官兵衛さんも一緒で、でもそれ以上に官兵衛さんに美人だなんて言われた私もびっくりしてた。 ぱたぱたと今更だけれど髪や服を整えて、官兵衛さんに心の底から浮かべた満面の笑みを向ける。 「は、はじめまして!私、紫って言います。三成さんとはまったくこれっぽっちも関係ないただの石田軍の一兵士です!ずっとずっと官兵衛さんにお会いしたいと思ってました!!」 だから会えて嬉しいです!と微笑む私を、三成も官兵衛さんもぽかんと見つめている。 だけどすぐに官兵衛さんがけらけらと笑って、「こりゃあいい!」と笑いの最中、お腹を抱えるような仕草をした。枷がついているからか上手くできていなかったけど。 「三成、お前さんフラれたな!」 「五月蠅い、黙れ官兵衛」 「しかし小生に会いたがるなんざ、奇特な娘もいたもんだ。いやあ、小生のかっこよさをわかってくれるとは嬉しいねえ」 「はい!官兵衛さんはかわいくてかっこよくて大好きです、結婚してください」 また二人がぽかんと私を見つめてきた。 二人ともさっきから間抜け面しすぎだと思うんだけど、大丈夫ですかね?ちなみに私は大丈夫です、いたって冷静です。 「紫……貴様、何を言って、」 「いや、小生もお前さんみたいな美人が嫁に来てくれるのは嬉しいが……この穴蔵生活だぞ?それにこの枷もあるし、」 「そんなの関係ありません、問題もありません!私は官兵衛さんを愛してるんです。官兵衛さんと一緒なら火の中水の中穴の中!枷なんて私が、いつか壊してみせますよ」 「……やばい三成、小生泣きそうだ」 「黙れ、死ね、消えろ官兵衛」 お前さんの事は全然知らないが、これから知っていけば良い話だしな!とどうやら涙ぐんでいるらしい顔を向けてくる官兵衛さんの手をしっかと握り、はい!とイイ返事をする。 遠巻きに見守っていた黒田軍の人たちもどうやらわけもわからず祝福してくれているようで、計画通りやで……と心の中で黒い笑みを浮かべた。どやぁ。 三成には悪いけど、私には官兵衛さんしか見えてない。いざとなれば西軍裏切って官兵衛さんを天下一にする。 官兵衛さんも私の手をとり、もうそこは完全に二人の世界となっていた時。 「うおっ、」と聞き慣れた声が私の背後から聞こえてきて、思わず視線を向ければ私の影から見慣れた頭部が覗き出ていた。 「ひいっ!?」 「うわびっくりした、紫ちゃんびびりすぎやで…」 とんだホラーである出現の仕方につい飛び退けば、影からするんと抜け出てきた朱ちゃんがほんのりショックを受けたような表情で空笑いをしている。 三成も、官兵衛さんも、互いの軍の兵士達も驚き眼で朱ちゃんを見つめていて、「ありゃ思ったより人多かった……」と小さくぼやいてから、朱ちゃんは未だに手を繋いだままの私と官兵衛さん、呆然と立ち竦む三成を順番に眺めて、へらっと口元を歪めた。 「なに、もしかして修羅場真っ最中?」 「ううんそんなこと無いよ、私と官兵衛さんが愛を誓い合った瞬間なだけだよ」 「お、おう……さよか」 |