甘さにゆれる [27/118]


毛利と二人、城内へと戻る。
潮風のせいで少し髪がべたついてしまったのを気にしながら辿り着いたのは、さっきまでいた毛利の自室で。上座に腰を下ろす毛利の、向かいに敷かれた座布団の上に少し悩んでからあぐらをかいて座った。正座は苦手なんだ。
女中さんが用意しておいてくれたらしいお茶と茶菓子にきゃっきゃと心の中で喜びつつ、ほんのりシリアスムードな現状に、これ今食べてもいいのかな、だめかな、と脳内に疑問符を浮かべる。

「食べたければ食べれば良かろう」
「、何も言ってないのに何故バレた…」
「かように茶菓子を見つめていれば我でなくともわかるわ」

ふ、と小馬鹿にするように浮かべられた笑みは、それでも優しいものだった。
なんだかんだ根っからの悪人では無いんだよなあとうっすら考えながら、手元の茶菓子に手を出す。
綺麗な形に整えられた練り切りは、しっとりとしていて甘すぎず、上品な美味しさだった。石田軍で出された茶菓子よりぶっちゃけ美味しい。でも大谷さんにもらったお菓子が一番おいしかった。

「ん、で。四国の件についてって、えらい引っ張りますけど何なんすか」

練り切りを半分ほど食べたとこでお茶を飲み、本題を切り出す。
毛利は軽く溜息のようなものをついて、仕方ないとでも言いたげな雰囲気を醸し出しながら話し始めた。

「八日後、長曾我部は数人の部下を連れ四国を離れるらしい」
「はあ、戦でもするんすか?」
「釣りぞ」
「えっごめん今なんて?」
「……釣り、と言ったのだ」

ぽかん、とアホ面を晒してしまった。
えええちょ、この戦国の世にアニキ何してんですか。いや釣りもね、漁だもんね、食料は大事だけどね……?それ一国の主が行くようなもんじゃないでしょう……。

毛利のこの件に関してはほとほと呆れ果てているのか、あたしの表情を見ても何も言わず、苦々しげな溜息だけを溢している。

「二、三日は四国へ帰ってこぬだろう。この好機を逃す手はない」
「ああ、まあ、そうですね……。…八日後、か」

八日以内に紫ちゃん帰ってくんのかな。帰るのにそんくらいかかりそうなんだけど……。
これは三成の邪魔なんてしたくない!とかいいこぶってる暇なんか無いかもしれない。
ごめんな三成。許してや。後で紫ちゃん迎えに行きます。

「四国を攻め、それを徳川の仕業に見せ掛ける。それは理解していような?」

こくりと頷き、残り半分の練り切りに再び手をつける。

「軍旗はこちらで用意しておく。朱、貴様は目に入るもの全てを壊滅させてくればよい」
「うん……はい」

どうにも引っかかるのは、どっかのルートで家康が溢した、四国に徳川軍旗が残っていたことに関しての「それはおかしい」という言葉だった。
この時代で、戦に出る兵たちが軍旗を背負っているのは知っている。でも、奇襲でもわざわざ軍旗を持っていったりするだろうか?
そう思いはするけれど、毛利がそんな初歩的なミスを犯すとも思えない。

逆に、軍旗を残さなかったとして、四国壊滅をどう徳川軍の仕業に見せる?
徳川軍の鎧を着た兵を殺して捨てておく?徳川の家紋がついた武器でも捨てておく?……あまり頭の良くないあたしにはロクな案は浮かばず、やっぱり軍旗を残しておくのが一番に思える。

……まあ、アニキと孫市を会わせず、家康の言葉には耳を傾けないようアニキに言い聞かせておけば、それで済む話なんだけど。
となると雑賀衆は取り込むより、いっそ壊滅させておいた方が……。いやしかしあたし孫市割と好きなんだよな……悩ましいところだ。

「……朱」
「え?はい」
「貴様、迷っているのではあるまいな?やると言ったのは己であろう、だが、迷いがあると言うなら……、」
「ああいやいや、そんなんじゃないですよ」

からりと笑ってみせたあたしに、毛利は訝しげな目線を向けてくる。
そりゃ確かにアニキには幸せでいて欲しいけど、それ以上にあたしは幸せにしたい人がいるし。それに、アニキに関しては絶望してからが本番だよねあの人、って感情もある。
何にせよ今のあたしはまだ、画面のこっち側にいる気分だ。だから毛利や大谷さんの知恵を借りながら、あたしの好きなように、楽しいように事を進めたい。

「四国を壊滅させて、長曾我部と徳川に亀裂を入れる。そして長曾我部を西軍側にとりこむ。これは必須事項です。それに、あたしがやらないと言ったら毛利さんも大谷さんも、官兵衛にやらせようとするでしょう?」
「……貴様、黒田の事を知っておるのか」
「あの人に罪を負わせるわけにはいきません、あたしの友人のために」

だから四国についてはどーんと任せてください!と笑う。
毛利は何かを言おうとして、やっぱりやめて、小さく唇を噛み締めた。

ぽつりと落とされた、「貴様が傷を負うことは許さぬ」の言葉を聞きながら、あたしは最後の一口となった練り切りを口に含む。
「毛利さんって甘い人ですね」と目尻を下げてみせれば、彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

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