陰に、気付く [28/118]


秀秋、三成と共に鍋を囲み、その日の夜は秀秋の城で過ごした紫は翌朝、黒田官兵衛のいる九州へと旅だった。
再び少数の兵を連れ、三成と二人馬に跨り、急ぐでもなくゆっくりでもない速度で進んでいく。
紫の脳内は、もうすぐ官兵衛さんに会える、という思考一色に染まっており、それを少なからず感じ取っている三成はひどく複雑な心境で、また、官兵衛への嫉妬にも似た怒りを燃やしていた。

数日かけ本州の最南端へと辿り着いてからは、船を利用し官兵衛のいる穴蔵……現在で言う大分の辺りへと向かう。
冷たい潮風を浴びながら、紫は少しずつ、確実に近付いてくる官兵衛との初対面に胸を躍らせていた。

「あと二日で官兵衛さんに会える……」

滲み出る笑みを隠そうともせず、未だ見ぬ官兵衛に思いを馳せる紫を横目に、三成は心臓の辺りが痛むのを感じる。

初めて三成が紫を目にしたとき、どうしようもない想いが胸を満たしてきたのを三成は感じていた。
体中に血を浴び、気を失っていた紫の、その瞳に自分が映るところを見たい。嬉しいとき、悲しいとき、この女はどのような表情を浮かべるのか、その喉から漏れる声はどんなものなのか。
その瞳に自分を映して、微笑みながら自分の名を呼ばれれば、きっと、胸の中がよくわからないが決して嫌ではない何かに満たされるような、そんな気がしたのだ。
素性も分からぬ女を拾うことに抵抗が無かったわけじゃない。しかし三成は結局の所その欲望を捨てきれず、自分にもまだこんな感情があったのかと少しの驚きを感じながらも、紫を拾い上げることにした。
そうして目を覚ました紫が三成の名を呼んだ時。三成の姿を瞳に映したとき。
三成はどうしようもなく満たされた気持ちになった。自身の主である秀吉を喪ってから、初めて感じた物だった。

それからはただひたすらに、紫を傍に置き続けたいというのが三成の願いだった。
家康を討ち、秀吉の仇をとり、そしていつか、紫と共に。
漠然とした願いは、自分を心からの拒否はしない紫に、明確な形をもって三成の中に芽生え始めていた。
紫を自分の、自分だけの物にしたい。すべてが終わったあかつきには紫と婚姻を結び、最愛の妻として共に過ごして生きたい。

しかし三成はここに来てはじめて、紫にはそんな意志が微塵もないのだと気が付いた。
秀秋に向けた微笑み、官兵衛を想いながらの表情。それら全ては三成には決して向けられなかった心からのもので、ああ、紫は、私など見てすらいなかったのだと、三成は理解してしまった。理解などしたくはなかったが。
特に官兵衛へと想いを馳せる紫の表情は、きっと、自分が引き出すことは永久に出来ないだろう、と。
……そんな紫の横顔を眺めながらふと三成の脳裏に浮かんだのは、朱の姿だった。
困ったような、どこか投げやりな笑みを自分に向けたあの女。あの時の朱と、今の紫は、同じような瞳をしている。

「……、くだらん」

ぼそりと漏らされた三成の呟きに、自分の世界へと浸っていた紫が現実へと戻ってくる。
「どうしたんですか」と尋ねる紫に、何でもないと返し三成は紫に背を向けた。

――そういえばあの時、あの女はひどく心配そうな表情で、私を見ていた。
脳裏に浮かぶ二人の女はどちらも笑っていたが、一方は己を見ることをせず、もう一方は困ったような笑みしか向けず。
三成は自分の中の虚像をかき消すように頭を振った。歪んだ影は、どうにも消えそうになかった。

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